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がんの脊髄鎮痛法

脊髄鎮痛法とは

がんに伴なう痛みに対して、モルヒネなどの麻薬系鎮痛薬を大量に使っても、十分に効果がでないうえに 、おう吐や便秘、眠気などの副作用が強く出てしまいます。これに対して、最近注目を集めているのは、脊 髄に少量のモルヒネを直接注入して、痛みを和らげる「脊髄鎮痛法」です。

脊髄鎮痛法の方法

脊髄鎮痛法は脊髄を包む軟膜とくも膜の間のくも膜下腔(くう)にカテーテル(細い管)を差し込み、神 経の近くに持続的に注入します。またくも膜の外側の硬膜外腔から、注入する方法もあります。

脊髄鎮痛法の効果

効果は硬膜外腔では、モルヒネの点滴の10倍で、飲み薬の30倍で、くも膜下腔はさらにこの10倍です。薬 の注入量は1時間あたり0.1~0.5CCですので、おう吐や便秘、眠気などの副作用も解消します。

薬を詰める小型の携帯型ポンプでも、1週間程度は補充なしに使えます。くも膜下腔鎮痛法でしたら、自 宅療養での使用も可能です。

関係医療機関 癌研有明病院麻酔科

フェンタニル・パッチによるがん疾痛(とうつう)治療法

がんの痛みは、進行がん患者の60%-70%、末期がん患者の75%が襲われるとされています。

しかし、1986年に世界保健機関(WHO)が「がん疾痛(とうつう)治療法」という指針を公表しました 。3段階に分けた、痛みごとに鎮痛剤の使用を勧めています。がんの痛みの9割は抑えられるとして、指針 に沿った治療法が国際的に普及してきました。

にもかかわらず、わが国ではまだ、痛みに苦しむがん患者が少なくありません。ある全国調査(96年)で は、末期がん患者の痛みを取り除けた割合(除痛率)が、がん専門病院や大学病院でも50%-60%とな っています。

その要因の一つとして、「ホームケアクリニック川越」の川越さんは「今でも医療者や患者にモルヒネヘ の誤解があるほか、不適切に使われる場合もある」と指摘しています。

もっとも強い痛みに対しては、モルヒネなどの麻薬が使われます。麻薬に対する患者の心理的抵抗感は年 々減っており、医療用モルヒネの消費量は、国内でも10年間に約25倍に増えています。正しく使えば、 中毒の危険性はありません。わが国のモルヒネ使用量は、年々増えてはいるものの、他の先進国に比べると まだ少ないです。

モルヒネは、適切に使う限り、余命を短くしたり、大きな精神的混乱や依存を起こしたりすることはあり ません。ただし、適切な投与量は個人差が大きいため、様子を見ながら少しずつ増量するなどの工夫が必要 です。

「張り薬」のフェンタニル・パッチ

近年では、鎮痛効果が3日間続く「張り薬」のフェンタニル・パッチ、鎖痛薬を自動的に微量注入できる 小型ポンプ、効果が24時間持続する経□モルヒネ、などが登場して、特に在宅での痛み治療をより便利に しています。さらに、新しい飲み薬「塩酸オキシコドン除放錠」(一般名)も発売され、痛み治療の選択肢は さらに広がっています。

2002年に発売されたフェンタニル・パッチは、胸、腹、上腕、大たい部などに張り付けるだけで3日 間効果が持続します。パッチの主成分「フェンタニル」も麻薬の一種です。皮膚の表面(表皮)を通過し、下 にある真皮部分の血管から、ゆっくりと薬を吸収します。吐き気、便秘、眠気などの副作用は、モルヒネよ り軽いです。薬が飲めない場合や、毎日、大量の薬を飲んでいる患者さんにも適しています。

飲み薬や座薬のモルヒネは投与後、最大でも24時間しか効きません。これに対し、3日おきに張り替え るだけのフェンタニル・パッチは入浴してもはがれず、自宅療養する患者さんや家族にも扱いやすいです。

反面、効果が出るまでの時間が長いのが欠点です。パッチを張り付けてから痛みを緩和できる血中濃度に 達するまで約24時間かかります。急な痛みには対応できないので、当初は短時間作用型のモルヒネなどと の併用が必要になります。「ほかの薬と合わせて、上手に使用することで、患者さんの生活の質を高めるこ とができる」と癌研有明病院・麻酔科医長の田中清高さんは話します。

とはいえ、パッチも麻薬です。海外では、麻薬中毒者が、中身の薬剤を口から服用し、中毒死した事故も 起こっています。在宅での取り扱いには、細心の注意が求められています。

関係医療機関

ホームケアクリニック川越

関係医療機関 癌研有明病院麻酔科

がんの免疫細胞療法

がんの免疫細胞療法の概要

免疫細胞療法とは、人体でがん細胞を攻撃する免疫細胞の「リンパ球」を、体外に取り出し特殊な培養施 設で、リンパ球の数を増やしたり、機能を付加したりした後、再び体内に戻すといった療法です。自己のリ ンパ球を使いますので、拒否反応などの副作用がほとんど無い、がん療法です。

免疫細胞療法は、1980年代の後半にアメリカ国立予防衛生研究所(NIH)のローゼンバーグ博士によって、 創始されました。

基本的な考え方は、人が持っている本来の自然治癒力を人為的に高めて、がんを治療することです。この ため副作用がほとんど無く、進行がんの治療や手術後のがんの再発防止などが期待されています。

私たちの体内では、常に数百から数千のがん細胞が発生していると、考えられています。しかしすぐには 、がんの発病には、いたりません。それは人に本来備わっているリンパ球などの免疫機能によって、がんの 発症を抑えているからです。

しかし過労や老化などの要因によって、免疫力が低下して、がん細胞の増殖力が強まった時に、がんを発 症します。

人の免疫機能を打ち破って、勢力を増したがん細胞に対して、免疫細胞のリンパ球の働きを人為的に強め て、再び人の免疫機能によって、がん細胞を押さえ込むのが免疫細胞療法なのです。

免疫細胞療法の種類

免疫細胞療法には、以下のような種類があります。

アルファ・ベータT細胞療法(αβT細胞療法)

ガンマ・デルタT細胞療法(γδT細胞療法)

細胞傷害性Tリンパ球療法(CTL療法)

樹状細胞ワクチン療法(DCワクチン療法)

アルファ・ベータT細胞療法(αβT細胞療法)

免疫細胞のなかで、もっともがん細胞に対して攻撃力が強いのが、リンパ球の「アルファ・ベータT細胞 」です。このアルファ・ベータT細胞を体内から採取して、約2週間かけて専用の培養施設で、細胞を増殖さ せ、細胞全体を活性させます。培養が終わりましたら、薬剤などを使っていますので、十分に洗浄してから 体内にもどします。これがアルファ・ベータT細胞療法の方法です。

ガンマ・デルタT細胞療法(γδT細胞療法)

ガンマ・デルタT細胞は、Tリンパ球の中に数%しか含まれていません。療法はアルファ・ベータT細胞療 法と同じように、培養して体にもどします。

ガンマ・デルタT細胞療法は、がんの種類や病状によってはアルファ・ベータT細胞療法よりも治療効果が 期待できる療法です。

ガンマ・デルタT細胞療法は骨腫瘍、骨移転への応用や、乳がんの抗体医薬と併用するこで、相乗効果が 期待されています。

細胞傷害性Tリンパ球療法(CTL療法)

細胞傷害性Tリンパ球療法は、Tリンパ球を培養活性する時に、その患者のがん細胞の特徴を覚えこませ て、特定のがんに対する攻撃能力を持つTリンパ球を作り、体内にもどす療法です。この時できた細胞を、 細胞傷害性Tリンパ球(CTL)と呼ぶのです。

樹状細胞ワクチン療法(DCワクチン療法)

体内で直接がん細胞を攻撃するのが、免疫細胞のTリンパ球ですが、そのTリンパ球にがん細胞の目印を 教えて、攻撃の指示を与えるのが「樹状細胞」なのです。

この樹状細胞は司令塔的な免疫細胞で、効率的にがん細胞を攻撃します。この療法を樹状細胞ワクチン療 法と呼びます。

患者のがん細胞から抽出したタンパク質を、樹状細胞に取り込ませて、がん細胞の情報を記憶させた樹状 細胞を体内に戻します。この樹状細胞は、その患者のがん細胞だけに反応する細胞傷害性Tリンパ球を、より 効率的にがん細胞に誘導して治療効果を発揮します。

現在の免疫細胞療法では、この樹状細胞の働きを、どのように高めるかが課題となっています。樹状細胞 ワクチン療法はがん細胞だけを攻撃して高い治療効果が得られることから、今もっとも注目を浴びてりる療 法です。

また樹状細胞ワクチン療法とアルファ・ベータT細胞療法を、組み合わせた療法もあります。

免疫細胞療法の進行がんへの効果

がんが転移した進行がんに対しては、抗がん剤療法が主体になっています。抗がん剤療法は絨毛癌や骨髄 性白血病、悪性リンパ腫、睾丸腫瘍などには高い治療効果をあげていますが、抗がん剤の毒性はがん細胞だ けでなく、正常な細胞にも影響を及ぼします。特に白血球や毛根細胞、消化管上皮などに集中的に働くため に、免疫力の低下や脱毛、吐き気、食欲不振などの強い副作用があいます。

このため進行がんに対して、副作用のない免疫細胞療法は、抗がん剤療法に替わる治療法として期待され ています。

免疫細胞療法による、がんの再発防止

発症した直後に発見された「早期がん」は、手術でがん細胞を全て取りきれれば、完治ということになり ますが、一定の確率で検査で見つからなかった、がん細胞が残存して、数年後に再発するケースが多々あり ます。

再発防止として抗がん剤が術後の補助療法として、用いられますが、先ほど述べましたように、強い副作 用があります。残存しているかどうか確認できていないがんを攻撃するのに、深刻な副作用がある抗がん剤 を使用することに対して様々な意見があります。

このよながんの再発防止に対しても、副作用がほとんどなく、発見が困難な微小ながん細胞を全身的に攻 撃できる免疫細胞療法は、非常に有効な療法として注目されています。

免疫細胞療法とがんの三大療法

がんの治療には現在、手術と放射線療法、抗がん剤療法といった三大療法があります。

免疫細胞療法は、三大療法に次ぐ「第四の柱」と呼ばれています。そして三大療法と併用することにより 、より高い効果が期待されています。

現在、免疫細胞療法と三大療法を様々に組み合わせたがんの治療方法は、「集学的がん治療」と 呼ばれています。

肝臓がんのラジオ波治療

肝臓がんのラジオ波治療

肝臓がんを切らずに治す「ラジオ波治療」は、おなかに針を刺して電気の熱でがんを焼く方法で、3セン チ以下の小さながんなら、手術と変わらない成績を上げています。ただ、熱で周りの臓器を傷つけるなどの 事故も起きており、長所と短所をよく理解して治療を受けてください。

肝臓がんのほとんどは、C型肝炎やB型肝炎が原因で、肝機能が低下する肝硬変が進むことで起きます。 再発しやすく、治療を繰り返すことが多いので、体に負担の少ない治療が重要になる。ラジオ波治療は、手 術に比べ、体への負担が格段に少ないのが特長です。

高周波発生装置とコードでつないだ長さ20センチほどの電極針を、超音波検査の画面を見ながら肝臓に 刺します。はがき大の電極板を太ももに張り、電極針との間に電気を流すと、表面積の小さい電極針の周囲 だけが高温に熱せられる仕組みです。

1個のがんを焼くのにかかる時間は、10~15分間です。肝臓の表面は痛みを感じるため、治療中は痛 み止めの薬を点滴します。数日後にCT検査を行い、がんが残っていないかどうか調べます。1週間ほど入 院する必要があります。

その他の針を刺す肝臓がん治療

おなかの外から肝臓に針を刺す治療には、ラジオ波のほかに、アルコール注入とマイクロ波治療がありま す。

アルコール注入は、高濃度のアルコールでがんを死滅させる簡便な方法です。比較的細い針を使うので出 血も少なく、安全性は高いです。ただ、注入したアルコールが拡散し、がんの部位にとどまらないことがあ り、確実性に欠けます。

マイクロ波は、ラジオ波と同様に熱でがんを焼くため、確実性が高いです。ラジオ波が電熱器なら、マイ クロ波は電子レンジのように高周波を針先から発生させます。ただ、焼ける範囲はやや狭いです。

針を刺す治療の9割はラジオ波で行い、がんが肝臓の表面に近く、周囲へ熱が及ぶ危険がある場合はアル コール注入治療、といった使い分けがされています。

肝臓がんの治療法は、がんの大きさや数、肝機能によって選択されます。肝機能が比較的良ければ、がん が大型でも1個なら、一般に手術の対象になります。ラジオ波治療の対象は、3センチ以下が3個以内」と 、がんがやや小さいことが条件です。

虎の門病院の場合、肝臓がん治療のうち、手術が2割、ラジオ波など肝臓に針を刺す治療が4割ほどです 。残りは、がんが大きい、肝機能が悪い、などの理由で、「がんに栄養を運ぶ血管をふさぐ」「抗がん剤を 動脈から直接注入する」といった治療になっています。

関係医療機関 虎の門病院

子宮がんの広汎(こうはん)子宮頸部摘出術

子宮頸(けい)がん

子宮がんには、入り口(頸部)にできる子宮頸がんと、奥の部分にできる子宮体がんがあります。

子宮頸がんには、早期であれば、頸部を円錐(えんすい)状に切り取って子宮全体は残す「円錐切除術」 が広く行われています。ただ対象は、がんが子宮頸部の浅い部分にとどまる0期から1a1期に限られ、病 巣が広がったり深くなったりした場合、通常は子宮を摘出しなければなりません。

広汎(こうはん)子宮頸部摘出術

これに対し、子宮を温存する「広汎子宮頸部摘出術」は、子宮頸部と膣(ちつ)の一部、周囲のリンパ節 と子宮をおなかの中で支える組織(基靭帯)を切り取り、残した子宮体部を膣につなぐ方法です。

この治療は、がんがやや進行した1a2期から1b1期までが対象になります。ただし、がんが2センチ 以上か、「腺がん」というタイプの場合は転移の危険が高く、この治療を受けられるとは限りません。周囲 のリンパ節へ転移がある場合も子宮を摘出します。

ただ、妊娠しても早産しやすい傾向があり、子宮の入り口を縛り直す緊急手術を行う場合もあります。

欧米データでは、がんの再発率は子宮全摘手術と変わりませんが、安全性が確立しているとは言えず、妊 娠中も画像診断などで再発していないかチェックが欠かせません。

広汎(こうはん)子宮頸部摘出術は、がん治療にあたる医師と、産科、小児科医が緊密に連携して初めて できる治療と言えます。

子宮体がんの温存治療

子宮体がんでも温存治療が進んでいます。がんの広がりを防ぐため黄体ホルモンを毎日服用して内膜の増 殖を抑えながら、内側を覆う子宮内膜を、細い棒状の器具を挿入して定期的にはがし取ります。

がんが子宮内膜にとどまる1a期のほか、将来がん化する可能性が高い「子宮内膜異型増殖症」も治療の 対象です。

黄体ホルモンの服薬中は、4週間ごとに超音波で内膜の厚さを確認します。治療は4か月から半年かかり ます。再発した場合、治療をもう一度繰り返すこともできますが、子宮を摘出せざるを得ないこともありま す。十分な経過観察が治療成功のカギになります。

関係医療機関 慶応大学病院

肺がんの治療薬「イレッサ」

肺がんの治療薬「イレッサ」の効果への評価

国際的な臨床試験で延命効果が証明されなかった肺がん治療薬「イレッサ」(一般名・ゲフィチニブ 製 造元・アストラゼネカ)について、厚生労働省の専門家検討会は2005年3月、「東洋人には効果が示唆さ れた」として使用断続を決めました。

「がん細胞を狙い撃ちする」と言われたイレッサは、2002年7月に、大きな期待を集めて日本で承認 されました。がんが小さくなるなど効果が現れる患者がいる一方、重い肺炎による副作用死が続出しました 。

「夢の新薬」か「危険な薬」か、評価が分かれる中、日本を除く海外28か国・約1700人の患者を対 象に行った臨床試験で、製薬会社は2004年12月、イレッサの延命効果が認められなかったことを明ら かにしました。

しかし、厚生労働省の検討会はデーターを再分析して、「東洋人に限ると延命効果が示唆される」と結論 しました。これを受けて厚生労働省は使用断続を決定して、日本肺癌学会が作った、新たなイレッサ使用指 針を参考にする旨、医薬品の添付文章に記載するように、指示しました。

指針は、(1)非小細胞肺がんの一種・腺がん(2)女性(3)非喫煙者(4)日本人または東洋人(5 )がんの増殖と関連があるEGFR(上皮因子受容体)の遺伝子に異変がある、これらの患者は薬の効果が 得られやすいとして、投与を推奨しています。

肺がんの治療薬「イレッサ」の使用方法

厚生労働省の使用断続を決定に対し、薬の作用に詳しい医薬品・治療研究会代表の医師、別府宏圀さんは 「試験結果から一部だけを抜き出して『東洋人に延命効果』というのは、解析方法として信頼度が低い。そ もそも日本人への延命効果は分かっていないのに、日本人なら誰でもが服用できることになり、有効で安全 に薬を使用できる患者の絞込みに、なっていない。」と指摘しています。

しかし現時点では、既にこの薬を服用し、効果が表れた患者は、副作用に注意しながら服用を続けてよい と考えられています。毎日1錠を原則として効果がある限り飲み続けます。

重い肺炎の副作用は服用を始めて1か月以内に起きる危険性が高いですが、4か月目に急に発症した例も あります。息切れ、呼吸困難、せき、発熱などの症状が出たら、すぐに主治医に連絡する必要があります。

一方、新たにこの薬を使う場合、判断は簡単ではありません。注目されるのが、薬の効果を予測する遺伝 子検査です。

イレッサは、肺がん細胞の表面にあるEGFR(上皮成長因子受容体)と呼ばれるたんぱく質に作用し、 がんの増殖を抑えるとされています。この受容体に遺伝子変異があると、薬が効きやすいとの研究がありま す。日本人、特に女性や、非小細胞肺がんの一種、腺がんの患者は、遺伝子変異の割合が高いとされていま す。この検査で事前に効果を判定しようというわけです。ただ、まだ研究段階の検査であるうえ、実施でき る病院も限られています。

イレッサと遺伝子検査

東大医科学研究所の教授・中村祐輔さんらは、がん細胞の増殖にかかわる12種類の遺伝子を調べること で、イレッサの効き目を投与前に見分ける方法を開発しました。同研究所付属病院で2004年9月から、 この方法で診断する臨床研究を始めました。中村教授は「患者1人1人に合わせて治療法を選ぶことができ れば、薬の効果を最大限に生かせる」と話しています。

効果や副作用の仕組み、日本人での延命効果など、この薬には未解明な部分が多です。それを十分に理解 した上で治療法を選択してください。

関係医療機関 東大医科学研究所付属病院

肺がんの胸腔鏡(きょうくうきょう)手術

一般的な手術と胸腔鏡手術

肺がんの一般的な手術では、横向きに寝た患者の肩甲骨に沿って、背中側から胸の側面まで40センチほ ど切開し、肋骨と肋骨の間を器械で押し広げて手術します。この方法が肺がんの標準治療として確立されて いる反面、胸の筋肉を切断するため、治療後の痛みが長く続き、患者への負担が大きいです。

これに対し、体を大きく切らずに済む方法が胸腔鏡手術です。体の側面に2-3センチの穴を4、5か所 開け、小型カメラ(胸腔鏡)や自動縫合器などの器具を差し込み、カメラが映し出した内部の映像をモニター で見ながら、器具を操作します。

胸部を切る手術は、胃や腸など腹部の手術に比べても、手術後の痛みが強いです。胸腔鏡手術は、この痛 みを著しく軽減できます。衰弱して通常の手術では体力的に耐えられない方や、高齢の患者でも行える点も 長所です。

慈恵医大外科教授の森川利昭さんによると、平均的な手術時間は3時間余で、開胸手術より約1割長いで すが、手術後の入院日数は約1週間と従来の半分程度に短縮されるそうです。

胸腔鏡補助手術

「胸腔鏡手」は、術患部を肉眼で直接見ることができないなどの制約から、外科医には高い技術が求めら れます。肺がん手術ではとくに、肺と心臓を結ぶ肺動脈などを誤って傷っけてしまうと大出血を招き、命に かかわります。胸を大きく切る手術では迅速にできる止血措置も、胸腔鏡手術では難しいです。

このため、完全に胸腔鏡だけで手術するのではなく、胸腔鏡のモニター映像は補助的に用いながら、通常 の手術より小さい10センチ足らずの切開口から肉眼でも見ながら手術する「胸腔鏡補助手術」も広く行わ れています。

胸腔鏡手術は1992年、原因不明で肺に穴が開く気胸などの手術から始まり、次第に肺がんのような難 しい手術にも使われるようになりました。森川さんは2000例を超える胸腔鏡手術の経験を持ち、10年 前から肺がん手術にも本格的に導入しました。

一般的には、リンパ節転移のない早期(1期)の肺がんが胸腔鏡手術の対象となり、5年後の生存率は、通 常の開胸手術の場合と変わらない成績をあげています。森川さんの場合は「それより進んだ肺がんでも、可 能なら胸腔鏡で行う」方針だそうです。

胸腔鏡など内視鏡を使った手術は高度な技術が求められるだけに、消化器外科や婦人科、泌尿器科の学会 は、手術の実技ビデオ審査による技術認定を始めました。しかし、肺がん胸腔鏡手術などの呼吸器外科分野 では、技術認定はまだ実施されていません。医師によって、手術の方法も少しずつ異なります。手術経験数 や長所、短所など、よく説明を聞いたうえで治療を受けてください。

肺がんの治療

肺がんは喫煙の影響が大きく、年間死者数は57000人と胃がんを抜いてトツプになりました。患者の 85%は「非小細胞肺がん」というタイプで、早期なら手術などによって根治が期待できますが、「小細胞肺 がん」という進行が早く悪性のタイプもあります。リンパ節転移が広がって進行した場合には、シスプラチ ンなどの抗がん剤と放射線を組み合わせた治療が中心になります。

また、がんが肺にとどまって手術での根治が期待できる1期のがんに対して、放射線をピンポイントで照 射する治療が2005年に保険適用されました。体力的に手術が難しい高齢患者らへの体に負担の少ない治 療として期待されています。

関係医療機関 慈恵医大病院

早期肺がんの放射線治療「動体追跡照射」

早期肺がんの放射線治療

早期肺がんの放射線治療では、「定位照射」と呼ばれる方法が、2004年から保険適用になりました。 治療台に横たわる患者の周りを、治療装置が回転しながら、様々な角度から照射し、がん病巣に放射線を集 中させる方法で「3次元照射」「ピンポイント照射」ともよばれていて、手術と同等の治療成績とされてい ます。

ただ、肺がんなどは、呼吸とともに位置が動くため、照射の狙いがずれる恐れがあります。そのため、一 般には治療直前にコンピューター断層撮影法(CT)などで位置を確認し、患者が呼吸を止めた状態で照射 する方法が多いです。

ズレを極力抑えようと、患者の体を器具で固定する方法もあります。呼吸による病巣の移動対策は、病院 ごとに、さまざまな工夫がされています。

北海道大病院が用いる方法は、治療台の周りにX線透視装置を設置し、まさに治療の最中に動くがんの位 置を即時に把握します。

同大学教授の白土博樹さんによると、治療前にがんの位置を確認する方法では

1.治療に移るまでの間に、患者の体が微妙に動く

2.呼吸の止め方次第でがんが狙った位置からずれる

などの恐れが、あるそうです。

「動体追跡照射」は、こうした弱点を克服しようと考案され、同病院は1999年から導入しています。

定位照射を確実に行う「動体追跡照射」

初めにがん付近に直径2ミリの金の球(マーカー)を挿入する。肺がんの場合は口から、気管支ファイバ ーという管を差し入れ、がん近くの気管支の細い所にマーカーを置いてきます。その後、CT検査で、がん とマーカーの位置をコンピューターに記録します。微妙な角度の誤差も見逃さないよう、通常、挿入するマ ーカーは3、4個で、挿入にかかる時間は20~30分といいます。

治療の際は、患者が治療台に乗った状態で、2方向からX線透視装置を用いて0.03秒ごとに患部を撮 影します。2枚の画像に映るマーカーの位置から、コンピューター計算で3次元の位置をとらえ、追跡しま す。

マーカーの位置があらかじめ計画された照準にある瞬間だけ、放射線を照射します。照準に捕らえてから 照射までの時間差はわずか0.05秒で、「臓器の動きに遅れることはありません」(白土さん)といいま す。照射装置は治療台の周りを回転し、さまざまな角度から照準へ放射線を集中させます。

治療は1回10~40分で、4回行います。肺の下部など、動きの大きい位置にがんがある場合に治療時 間が長くなります。

白土さんによると、この治療の対象となる肺がんは直径5センチ以下の早期がんで、転移のないタイプで す。同病院では、動体追跡を、定位照射だけでなく、がんの形に合わせた照射ができる「強度変調放射線治 療」(IMRT)にも応用し、前立腺がんの治療にも使います。

白土さんは「この動体追跡照射で前立腺も、治療中にかなり動くことが確認できました。放射線による直 腸炎、ぼうこう炎などの副作用も、大幅に減らせるようになりました」と語っています。

関係医療機関

北海道大病院

乳がんのセンチネルリンパ節生検

乳がんの治療

乳がんは、血流や、老廃物を運ぶ体液であるリンパの流れに乗って広がります。リンパ節にがんが転移した場合、全身にも転移する可能性が高いと考えられ、手術では、がんとともに、わきの下のリンパ節もとるのが標準的な治療になっています。実際にとらないと転移の有無が確認できないため、画一的に切除されてきました。

しかし、リンパ節をとると、後遺症が起きやすくなります。リンパの流れが悪くなって老廃物と水分が組織にたまり、腕がむくんだり動きにくかったりするリンパ浮腫(ふしゅ)に苦しむ患者は多いです。

これを防ぐために注目されているのが、センチネルリンパ節生検です。

センチネルリンパ節生検

センチネルは「見張り」を意味し、乳房のがんが、リンパ管を通じて最初に流れ着いたリンパ節を指します。最初に転移するリンパ節で、ここに転移がなければ、その先のリンパ節にも転移がないと判断し、切除を避ける方法です。

手術前に、乳房に放射性同位元素や色素を注射し、色素に染まったり、放射性同位元素が集まったりしたリンパ節(通常2~3個)をセンチネルリンパ節として摘出します。

同様の検査は、皮膚のがんである悪性黒色腫で始まり、乳がんにも1990年代後半から実施されています。この検査により、95~100%の確率で、リンパ節転移の状況を正しく判定できると言います。

気になるのは、リンパ節を切除しなくても、がんの治癒率に影響しないのかという点です。

欧米では、約500人の患者を対象に、この検査を使って治療する場合と、従来通りリンパ節を一律に切除する手術とを比べた臨床試験では、生存率に差はないという報告があります。有効性を確かめるために、さらに数千人規模の試験が進行しています。

埼玉県立がんセンターでは、これまでに検査した約1100人の約76%は「リンパ節転移なし」と診断され、リンパ節を切除せずに済みました。

ただし、検査でセンチネルリンパ節が見つからないことや、手術中の診断では「転移なし」だったのに、手術後の精密な診断で転移が見つかる場合も、まれにあります。その場合、リンパ節を切除するかどうかなど、事前に話し合うことが必要です。

同センター病理科長の黒住昌史さんは「不要なリンパ節切除によって、後遺症に苦しむ患者は少なくない。まだ確立した治療法ではないが、今後さらに広がるのではないか」と話しています。

関連医療機関 埼玉県立がんセンター

関連ページ リンパ浮腫の顕微鏡下リンパ管細静脈吻合術(ふんごうじゅつ)

「乳がん内視鏡手術」による乳房の温存

乳がんの手術

乳がんの手術には、がんを乳房ごと切除する全摘出手術と、がんとその周囲だけを切除する温存手術があ ります。早期の乳がんでは、温存手術を放射線治療と組み合わせれば、全摘出手術と比べても生存率に差が なく、国内でも普及しています。

温存手術には、しこりだけをくり抜く方法や、しこりとその周辺を円状または扇状に切除する、といった 方法があります。乳房は残せるが、乳房の表面にメスを入れた傷跡がつく上、傷を縫い合わせる時に、表面 の皮膚を引っ張ることで、変形してしまうこともあります。

乳がん内視鏡手術

内視鏡を使った手術は、通常の手術と比べて傷が小さく、傷がついたとしても目立たない場所を選んで、 メスを入れることができるのが特徴です。美容の面から1995年に日本で始まりました。

まず、わきの下や乳房のすぐ外側か下、乳輪などのうち1、2か所を選んで小さい穴を開け、内視鏡(小型 カメラ)や手術器具を入れます。モニターで乳房内の拡大画像を見ながら器具を操作し、がんができた乳腺 組織を脂肪組織と大胸筋から引きはがし、電気メスでがんとその周囲を取り切ります。乳房に残った可能性 のある微細ながんを根絶するため、手術後には放射線を照射します。

日本内視鏡外科学会の調査によりますと、2003年末までの時点で、この治療は63の施設で実施され ています。問題点は、従来の温存手術と比べて治療効果が劣らないか、とういう点です。まとまったデータ ーはありませんが、これまでに約300件の手術を行った、駿河台日大病院によりますと「手術から5年後 の生存率は従来の手術と変わらない」と言っています。

がんの大きさに比べて乳房が小ぶりですと、内視鏡を使った手術でも乳房の変形が大きくなる場合があり ます。そこで、温存が可能な早期がんに限り、乳房全体としこりの大きさのバランスを見極めて、実施する 施設が多いです。

駿河台日大病院では

  • がんの大きさが3センチ以下であること。
  • 切除範囲が乳房全体の3割を超えないこと。

などの条件を設けています。

温存手術と聞くと、乳房の傷跡や変形も残らないと、誤解している人も少なくありません。医師から「温 存が可能」と言われたら、医師に予想される傷跡や変形の程度を尋ね、内視鏡を使う手術が可能か聞いてく ださい。内視鏡を使った手術は、保険が適用されます。

亀田メディカルセンターでは、乳房の全摘出手術にも内視鏡を使います。内視鏡を使った場合、乳房に傷 がつかないだけでなく、表面の皮膚がのこせるため、後に乳房を再建する時に、より美しくできるそうです 。

関係医療機関 駿河台日大病院  亀田メディカルセンター

がん放射線治療「トモセラピー」

がんの放射線治療

手術に比べ、放射線治療は体にメスを入れないため、負担が少ないです。特に最近は、放射線を患部の狙った所に集中照射する装置が普及するなど、進歩はめざましいです。

肺がんのように、複数の部位にがんが広がる患者の方の治療で、注目されるのが「トモセラピー」です。「トモセラピー」は「トモ(Tomo=tomogram)」(断層写真)と「セラピー(therapy)」(治療)を合わせた造語です。コンピューター断層撮影と、病巣を狙い撃ちする放射線治療の機能を併せもちます。米国の医療機器メーカーが、2003年に開発しました。

放射線治療「トモセラピー」

装置は、巨大なドーナツ形の照射装置と寝台で構成されています。外観は、コンピューター断層撮影法(CT)診断装置と同じですが、寝台に乗った患者が、その場で画像撮影と放射線治療を受けることができます。

一般的な放射線治療では、患者はCT撮影室で画像診断し、放射線治療室に移動して治療を受けますが、これでは照射の位置が病巣から外れる可能性があります。これを防いで正確な照射を行うため、撮影と治療の装置を合体させました。

ドーナツ形の装置には、可動式の長方形の照射口が1か所あります。これが1回転し、360度すべての方向から病巣部を狙います。照射口には、64枚に分かれたタングステン製の「ふた」があります。

このふたをコンピューターで開閉させ、照射範囲や線量などを調節します。「強度変調放射線治療」(IMRT)と呼ばれる手法ですが、複数の患部を同時に照射することができる点が、この装置の特長です。

「トモセラピー」によるがん治療

正常組織への影響を最小限にし、がんを効果的にたたくため、綿密な治療計画を立てます。まず、磁気共鳴画像(MRI)や陽電子放射断層撮影(PET)など複数の画像診断で、患部を正確に特定し、照射線量や照射時間などを計算します。

治療当日は改めてトモセラピーの画像を、撮影済みのMRI画像などと重ね合わせ、位置、照射量などを最終的に決めます。1回の治療は、準備時間も含め約15~20分。照射時間は3~5分と短いです。

照射装置に合わせて寝台も動き、患者の頭部から足まで照射します。複数の患部を一度に攻撃でき、治療回数が少なくて済みます。患部を様々な複数の方向から照射する、通常の「三次元照射」に比べても、いっそう正確に照射できます。

北斗病院では、2005年9月に導入しました。病巣が数か所あったり、脳や肺などに転移があったりする場合、従来の治療に比べ、病巣部が消失または縮小する患者が多いと言います。

照射場所によって頭痛や下痢、だ液が出にくくなるといった副作用は生じるものの、従来の放射線治療に比べて少ないそうです。保険は適用されます。

関連医療機関 北斗病院

前立腺がんの待機療法(無治療経過観察)

進行が遅い前立腺がん

前立腺がんの検診では、採血によるPSA(前立腺特異抗原)検査が行われます。正常値は「4」以下です が、肥大や炎症でも上がります。PSA検査でがんの疑いがあれば、外側から前立腺に刺した針で細胞を取り、 顕微鏡で調べる生検を行います。

この検査の普及で、早期の前立腺がんが見つかる人が増え、新たな問題が生まれました。

前立腺がんは進行が遅く、命を脅かす場合でも発見から平均10年かかります。また、ほかの原因で亡く なった人を解剖すると、七十歳以上の20-30%に前立腺がんが見つかりました。がんと言っても、おで き同様に、危険のないものが一定数あります。

ところが治療となると、手術では男性機能の低下が半数に見られ、5-10%の人には尿漏れが残ります 。放射線治療でも排尿や排便の障害が起こる場合があります。注射や飲み薬によるホルモン療法は、がんを 殺すのではなく抑えるものですが、やはり男性機能は失われたり、顔がほてったりします。

香川大泌尿器科教授の寛善行さんは「病巣が小さく、増殖速度が遅いものはある程度、見分けることがで きます。しかし100%完全ではないので、慎重な経過観察が必要になります」と説明しています。

待機療法の基準

待機療法(無治療経過観察)では、2、3か月に一度PSAをはかり、それを基に半年ごとに、増殖のスピ ードを判断します。寛さんたちは、待機療法が可能な基準を設定しています。

  1. がんの進展度
    PSAは10以下が望ましく、前立腺内にとどまるがんで、直腸から指を入れ てもがんに触れない「T1c」という段階。PSA検査でがんが見つかった患者さんの六割は、このタイプです 。
  2. 大きさ
    生検では通常、針を6-12か所に刺します。このうちがんが出たのが2本以下が 対象になります。 それを超えると、大きいと判断されます。さらにがんが出た組織を顕微鏡で見て、がんが占める占拠率が5 0%以下なのも条件になります。
  3. 悪性度
    がん細胞の悪性度を示す10段階の「グリーソンスコア」という指標があり、顕微 鏡による観察で診断します。数字が高いほど悪性度が高く、6以下が対象になります。

前立腺がんと言われた時に、医師にこの、三つの要件を質問すれば、待機療法が選択可能かどうかわかり ます。

経過観察中に、増殖が早く、2年以内にPSAが元の数値の2倍になりそうなことが予想される時は、手術 や放射線などの治療を始めてください。研究を目的に登録した50人では、3年で35%が経過観察を中止 し、治療を受けました。

寛さんは「待機療法には、治療をしないですむか、先延ばしにできる利点があります。しかし、一部の患 者さんでは、治療の開始が遅れる場合があることも留意して下さい」と語しています。

関係医療機関 香川大泌尿器科

早期胃がんの切開はく離法

胃がんの内視鏡治療

胃がんは、胃の内側を覆う粘膜の表面から発生し、胃の壁の深くへと進行する。深さと広がりの程度によって、治療法が決まります。粘膜にとどまる早期のがんは、内視鏡で切除するのが標準的な治療です。口から内視鏡を入れ、先端に着けたワイヤをがんの周囲にかけ、高周波の電流を流して焼き切ります。

日本胃癌学会の胃がん治療指針では、内視鏡による粘膜がんの切除は「ワイヤをかけて一度に切除できる大きさが望ましい」とし、その大きさを2センチ以下としています。

国立がんセンター中央病院内視鏡部の後藤田卓志さんは「がんの取り残しを避けるためがんの周辺にゆとりを取って切り取る必要があるので、ワイヤをかけて切除する方法は、実際には基準よりさらに小さいがんが対象になる」と話します。

大きめのがんは、二、三回に分けて切り取る形になるが、分割して切ると、十人に一人程度は、がんのあった部位周辺に再発します。がんの中にワイヤを差し入れるので、取りこぼしが起こるためです。こうした再発は、手術で取り除けば命にかかわることはないため、分割切除も行われています。

ただ、粘膜にとどまるがんでも大きさが3センチほどになれば、通常は胃の三分の二程度を切除する手術を行います。胃が小さくなり、たくさんは食べられなくなります。

切開はく離法

この手術を避けるため、国立がんセンター中央病院は、がんが大きめの場合「切開はく離」を行います。ワイヤをかけて分割切除する方法と異なり、ITナイフという電気メスを使い、患部を一括してそぎ取ります。切開はく離を行うことにより、粘膜がんなら大きくても、手術にならずにすむわけです。

同病院で治療を受けた千人を超える患者のうち、これまで再発した人はゼロです。各地の病院でも、優れた治療成績をあげ始めています。

ただ、後藤田さんは「ワイヤで取る方法が15分程度で終わるのに対し、メスでそぎ取るので一時間ぐらいかかる。通常の方法よりも難しいので、習熟が必要」と指摘します。ワイヤを使う場合より、胃に穴を開けたりする危険が高いからです。

胃がんの病理検査

早期胃がんは治る病気ですが、切除後の組織の病理診断で、治療前の予想より進行していたことがわかれば、改めて手術が必要になります。がんにワイヤを入れて分割して切除する方法では、組織が崩れてこの判定が難しくなります。これに対し、一括切除をすると、病理検査によりがんの広がりを正確に調べることができ、診断上も利点があります。

関係医療機関 国立がんセンター中央病院

大腸がんの最新治療「内視鏡的粘膜下層はく離術」(ESD)

大腸がんの治療

大腸がんの進行度は大きさではなく、表面の粘膜から下にどれだけ食い込んでいるかで判断されます。が んが、粘膜の下の粘膜下層に1ミリ以上食い込んでいますと、すでにリンパ節に転移している可能性がある ため、がんを含む腸管を大きく切除する手術が必要になります。

一方、がんの表面の模様などから、粘膜下層への食い込みが1ミリ未満にとどまると分かれば、内視鏡切 除の対象となり、手術を避けられます。この場合、ポリープ型のがんであれば、根元にかけたワイヤに高周 波電流を流して焼き切る「ポリペクトミー」が行われます。

また、平坦ながんであれば、粘膜下に生理食塩水を注入して病変を隆起させた後、ワイヤで焼き切る「内 視鏡的粘膜切除術」(EMR)で切除できます。

ただ、腸管を傷つける危険などからワイヤの大きさには限界があり、がんの大きさが2センチを超えると 一度に取り切れず、分割して切除せざるを得ません。

分割切除を行うと、がん細胞が腸に残る恐れがあります。実際、分割切除を行った患者の20%近くに再 発が起こります。再発しても、早期に発見すれば再び内視鏡で切除できますが、患者の心身に大きな負担を 強いることになります。このような問題から、特に直径4センチ以上になると、早期がんでも切除手術が選 択されていました。

最新治療「内視鏡的粘膜下層はく離術」(ESD)

そこで登場したのが、「内視鏡的粘膜下層はく離術」(ESD)です。がんを長時間浮かび上がらせるた め、ヒアルロン酸を含む粘度の高い液体を粘膜下に注入し、ITナイフやBナイフと呼ばれる特殊な形状の 電気メスで周囲に切り込みを入れ、がんを一度にそぎ取ってしまいます。

この治療法は、胃がんでは普及していますが、腸壁が薄い大腸では、電気メスの誤操作などで腸管に小さ な穴(穿孔:せんこう)が開きやすく、あまり行われてきませんでした。しかし、近年の器具や手技の進歩 で、導入する病院が増えてきました。

がんをそぎ取った部分の腸管は、厚さ1ミリほどになりますが、数週間で正常な粘膜に覆われて回復しま す。治療2日後にはおかゆが食べられ、3日後には退院できます。

国立がんセンター中央病院(東京都中央区)では今年9月までに、直径2センチ以上の早期大腸がん患者 200人以上に「内視鏡的粘膜下層はく離術」を行い、再発をゼロにとどめています。

もし通常の手術を行うと、直腸がんでは、しばらく頻便に悩まされることが多いです。結腸がん手術でも 、おなかの張りや痛み、排便リズムの乱れなどが起こることがあります。「内視鏡的粘膜下層はく離術」に よって手術が避けられるメリットは大きいです。

ただし、電気メスの操作を誤ると穿孔がおき、放置すると腹膜炎につながってしまいます。同病院内視鏡 部医師の斎藤豊さんは「安全に行うには、高い技術が求められます」と話しています。

医師の技術差が大きい最新治療ですので、治療経験が豊富な病院を選ぶ必要があります。

関係医療機関

国立がんセンター中央病院

大腸がんの分子標的薬による「個別化治療」

大腸がん

大腸がんとは大きく分けると結腸がんと直腸がんの二つがあります。盲腸からS状結腸までにできるがん を結腸がんと呼び、直腸から肛門までにできるがんを直腸がんと呼びます。そして、この二つをあわせて大 腸がんと呼びます。

また大腸がんは形態によって腺がんと表在性のがんに分けられます。大腸がんの90-95%を占めるの は、粘膜層の腸腺に発生する腺がんです。これは、大腸の内側にできるポリープ(良性腫瘍)の一部ががん 化し、腸壁の内部まで浸潤していくものです。

このタイプの大腸がんは比較的発見が容易です。またポリープががんに変化するまでには何年もかかるた め、ポリープのうちに切除すれば、がんを予防することができます。

これに対し、もう一方の表在性のがんは、初めから粘膜表面にそってがん病巣が広がります。そして、腸 壁の内部に広がったり腸の外側へ飛び出したりしないため、通常の造影剤を用いたエックス線撮影などでは 発見しにくく、進展するまで気づかないこともあります。しかし近年、大腸がんの検査技術は急速に進歩し ており、初期がんでも発見率が上昇しています。

がんは、1981年から日本人の死因の第1位であり、今では3人に1人ががんで亡くなっています。現 在では大腸がんは増加の一途にあり、その死亡者数は、1970年から4倍以上にもなっています。

進行大腸がんで手術ができない方の場合、約10年前には抗がん剤を使用しなければ平均余命は8カ月ほ どでした。現在では、分子標的薬剤を含む抗がん剤治療の進歩により約2年にまで延びてきています。

「分子標的薬」による大腸がん治療

最近の抗がん剤治療の進歩で、特に注目されているのが分子標的薬剤です。がん細胞に特有の変化や遺伝 子を標的とし、その標的に選択的に作用します。従来の抗がん剤と比較し、正常細胞への影響が少ないため 、副作用が少なくなることや、より高い効果などを期待できます。

国内で大腸がんの適応を有する分子標的薬には、血管新生阻害薬(ベバシズマブ)や抗EGFR抗体薬( セツキシマブ、パニツムマブ)があります。

がん治療では、がん細胞の異常な増殖を止めなければなりません。抗EGFR抗体薬は、細胞増殖のスイ ッチであるEGFR(上皮細胞増殖因子受容体)を標的に作用するため、がん細胞の増殖を止めることがで きる分子標的薬です

大腸がんの「個別化治療」とは

抗がん剤治療の前に遺伝子検査を行うことで、一人ひとりに適した治療を選ぶことができます。これは「 個別化治療」と呼ばれ、大腸がんでも実施されるようになりました。

細胞内に存在するKRAS(ケーラス)と呼ばれるタンパク質も、がん増殖に関わることがわかっていま す。したがってKRAS遺伝子を調べることで、セツキシマブなどの抗EGFR抗体薬の効果を予測できま す。

KRAS遺伝子の変異がない場合(野生型)は、抗EGFR抗体薬の効果が期待できます。最新の「大腸 癌治療ガイドライン」でも、KRAS遺伝子に変異がない患者さんへの抗EGFR抗体薬の使用が推奨され ています。

変異がある人は約40%と言われています。変異型の場合、他の治療法を選択して無用な副作用を避ける ことが、医療費を抑えることにもつながります。

したがって、個別化治療の実現に向けて、抗がん剤治療を始める前にはKRAS(ケーラス)遺伝子の検 査が必要になります。

セツキシマブ(商品名:アービタックス)

2008年に国内で発売されたセツキシマブは、「治癒切除不能な進行・再発の大腸がん」と診断された 患者さんが投与の対象です。

また、外科手術による切除が不能と診断された場合でも、セツキシマブと標準的な抗がん剤の併用で腫瘍 を縮小させて切除が可能になると、治癒(5年生存)の可能性が高まることが報告されています。

セツキシマブを用いた臨床試験では、従来の標準治療と比較してがんが悪化するリスクを31%抑制し、 生存期間も約2年にまで延長することが確認されています。

パニツムマブ(商品名:ベクチビックス)

ベバシズマブやセツキシマブと同じく、進行・再発の大腸がんを対象とした分子標的薬です。欧米では大 腸がんの治療薬として認可されていますが、日本では未承認です(2008年6月、武田薬品が製造販売承認申請 を行ないました)。

がん細胞の表面に出ているEGF(上皮細胞増殖因子)の受容体に自ら結合することで、がんの増殖を抑 えるはたらきをします。

パニツムマブは、セツキシマブと違い、完全ヒト化抗体であることから、注射投与中または投与後に現れ るアレルギーによるトラブルが起こりにくいというメリットがあるとされています

しかし、セツキシマブでもこのアレルギーのトラブルはまれにしか起こらないと報告されているので、完 全ヒト化抗体の薬が登場しても、大きな変化にはならないなどの、意見もあります。

海外での治療成績も、セツキシマブとほとんど一緒です。ただ、パニツムマブは薬価が抑えられているの で、少し治療費が安くなるという点で評価されると予想されています。

ベバシズマブ(商品名:アバスチン)

2007年4月に承認された世界初の血管新生阻害薬で、他の抗がん剤と併用することでよい治療成績が 得られています。

がんが増殖するに伴って、がん自身に栄養を供給するために血液を送りこむ血管を新しく作ります(血管 新生)。ベバシズマブは、この血管新生を促すためにがん細胞が分泌するVEGFというタンパク質に結合 して、血管の新生を抑え、栄養を行き渡らせないようにして、増殖のスピードを低下させるはたらきがあり ます。

さらに、がんそのものの異常血管を修復して正常化するはたらきもあります。そうすると抗がん剤ががん に届きやすくなるので、大きな治療効果を得ることができるのです。

ピロリ菌による「萎縮性胃炎」「胃がん」などのリスク

ピロリ菌の感染者

ピロリ菌の感染者は、国内で約6000万人に達します。年配者に多く、60歳以上では約6割が感染し、10歳では約1割にとどまっていると推定されています。背景には、上下水道の整備が進み、衛生状態が改善したことがあります。

保菌者とキスをしたり、同じ鍋をつついたりしても成人の場合は感染しません。しかし、胃の機能が発達していない乳幼児は、注意が必要になります。

国立国際医療研究センター国府台(こうのだい)病院の上村直実院長(消化器内科)は「げっぷで胃のピロリ菌が口に出てくることがあります。その時に子どもに口移しで食物を与えると、感染する可能性はありますが、うがいでほとんどが防げます」と話しています。

ピロリ菌感染による症状

ピロリ菌は毒素を出すため、胃粘膜が炎症を起こして胃炎になります。自覚症状はありませんが、慢性胃炎を経て2-5%が胃潰瘍に、0.2-0.5%が胃がんになるとされています。慢性胃炎から胃漬瘍などになる仕組みはよく分かっていませんが、胃壁が薄くなる「萎縮性胃炎」になると、胃がんになる危険が高まることがわかっています。

杏林大消化器内科の高橋信一教授は「薄くなった胃壁を修復しようと、正常細胞が再生される過程で遺伝子に傷がつき、がん化すると考えられる」と説明しています。

胃がんなどを防ぐには、早期に感染の有無を確認することが重要です。検査は、内視鏡で胃の粘膜を採取して調べるのが一般的です。心臓病などで、血液を固まりにくくする薬を飲んでいる場合などは、呼気を調べる呼気検査、血液検査、便検査を行うこともあります。

胃がんになる危険性は、ピロリ菌検査だけでは必ずしも正確に調べることはできません。萎縮性胃炎があると危険性が高まります。そのため萎縮性胃炎の有無を、血液検査(ペプシノゲン法)で確認することができます。

ピロリ菌検査で陽性でもペプシノゲン法が陰性であれば、胃がん発症の危険性は低いです。ピロリ菌検査が陰性でもペプシノゲン法が陽性であれば危険性は高くなります。ピロリ菌が生息できないほど萎縮性胃炎が進んでいると考えられるからです。

癌研有明病院顧間で、NPO法人「日本胃がん予知・診断・治療研究機構」の三木一正理事長は「胃がんの予防には、ピロリ菌だけでなく、ペプシノゲン法を受けてほしい」と話します。ただ、無症状で菌の有無だけを調べる人や、ペプシノゲン法には保険は適用されません。

ピロリ菌感染症認定医

日本ヘリコバクター学会は昨年、ピロリ菌の知識が豊富な医師を「ピロリ菌感染症認定医」とする制度を設けました。認定医はホームページで公開されています。

関係医療機関

国立国際医療研究センター国府台(こうのだい)病院

杏林大消化器内科

日本ヘリコバクター学会

メラノーマ(皮膚がん)のダーモスコープ検査

皮膚がんの一種、悪性黒色腫「メラノーマ」

ほくろが気になり、受診した皮膚科で「早めに取った方がいい」と言われたのに、別の皮膚科では「心配 ありません」。そんな経験のある人は、意外に多いのではないでしょうか。

ほくろは皮膚に色素が集まったもので、通常は心配ありませんが、ごく一部に、がんの可能性があります 。短期間で色や形が変わったり、大きさが5ミリ以上になったりした場合は、注意が必要です。

メラノーマは、腫瘍の厚さが1.5ミリ以下で、転移がない早期の場合、手術でほとんどが完治します。 しかし、不用意に切除するなど外的な刺激で細胞がばらばらになりやすく、傷つけると転移が促されると考 えられています。

このため、胃、大腸がんの検査のような、組織の一部を採って顕微鏡で調べる検査はあまり行われません 。従来、医師が肉眼や虫めがねで観察して、がん化した「悪性」か、「良性」かを見分けていました。

しかし、これだけでは正確な診断は難しいです。そこで登場したのが医療用拡大鏡「ダーモスコープ」で す。

メラノーマのダーモスコープ検査

小ぶりな懐中電灯くらいの大きさで、先端の円形レンズ部を肌に密着させると、ほくろを10倍に拡大し て見ることができます。レンズ部に組み込まれた電球で明るい視野を得て、中央に映る目盛りでほくろの直 径を測ります。肌には超音波検査などで使われるゼリーを塗り、レンズ内の光の乱反射を抑えます。数10 倍の拡大機能を備えた製品もあり、いずれも検査中の痛みはありません。

ダーモスコープの登場で、手のひらや足の裏のほくろの検査精度が格段に上がりました。足の裏などに数 多く刻まれた「皮溝」(ひこう)と呼ばれる細い筋と、皮溝と皮溝の間で丘のように高くなった「皮丘」( ひきゅう)の観察が、診断に役立つことが分かったためです。

国立がんセンター中央病院、皮膚科医長の山本明史さんは「良性のほくろは、主に皮溝の部分だけに黒い 色素が見られるが、メラノーマでは逆に、主に皮丘部に黒い色素が見られる」と話しています。

日本人のメラノーマの約三割は足の裏にできるため、この装置の意義は大きいのです。皮溝がはっきりし ない肩や背中などでも、肉眼ではとらえきれないメラノーマ特有の色や形の変化が判別できます。

ところが、この検査はあまり普及していません。「装置の元祖」であるドイツ製品の販売会社によると、 全国に約一万五千か所の皮膚科がありますが、販売台数は700台に過ぎません。検査に保険点数が加算さ れないことなどが原因です。

しかし、ダーモスコープはほくろの診察に欠かせません。受診する際は、事前にこの装憧の有無を確認す るといいです。

日本皮膚科学会では、ホームページで皮膚科専門医の名簿を掲載しています。指導的な専門医がいる「教 育研修施設」約570の病院名を知ることもでき、ダーモスコープ導入の有無を問い合わせる手がかりにな ります。

関連医療機関 国立がんセンター中央病院

関連サイト 日本皮膚科学会

頭頸部進行がんへの超選択的抗がん剤動注と放射線の併用療法

頭頸部進行がんの治療

顔、のどなど「頭頸部」(とうけいぷ)の進行がんの手術は、たとえがんは取り切れたとしても、会話や食 事がしにくくなったり、容ぼうが大きく損なわれたり、患者の心身への影響が大きいです。代わりに、大量 の抗がん剤を患部に集中的に注入するとともに、放射線を併用する治療があります。

治療では、足の付け根の動脈から入れた細い管を、がんの部位まで、エックス線で血管を透視しながら通 す。がんに栄養を運んでいる細かな血管を探し出し、そこにシスプラチンという抗がん剤を注人し、がんを たたきます。

超選択的抗がん剤動注と放射線の併用療法

しかし、この薬では腎障害、吐き気といった副作用が起きやすいです。そこで、抗がん剤の注入と同時に 、鎖骨の下から太い静脈に入れた別の管から、抗がん剤を中和する薬(チオ硫酸ナトリウム)を注射します。 これによって、抗がん剤はがんの部位に流れた後、全身に循環する前には中和され、副作用を最小限に抑え ることができます。

この治療は、がんの部位だけを選んで抗がん剤を注入することから「超選択的動注療法」と呼ばれ、米テ ネシー大で1990年代初めに開発されました。

抗がん剤を静脈に注射する従来の治療は、副作用のため3-4週の間隔を空けて行う必要がありますが、 この方法では毎週、しかも2倍量の抗がん剤を投与でき、高い効果が期待できます。

基本的な治療期問は7週間で、抗がん剤を週1回、計4回、並行して放射線を週4回(1回2.5グレイ )、計65グレイ照射します。

北大病院耳鼻咽喉科の本間明宏さんは1999年にこの方法を導入し、これまでに副鼻腔(びくう)、咽頭 、口腔(こうくう)がんなど、最も進行した四期の患者を中心に約90人を治療しました。

通常の抗がん剤と放射線の併用療法では、3割の人が副作用のため治療を中断せざるを得ないのに比べ、 9割以上の患者が治療を完了しました。7割以上の患者に、がんが消える効果がみられ、3年後の生存率は 5割を超え、従来にはみられなかった効果と言えます。

本間さんは「手術できず、ほかに手立てがなかった進行がん患者さんにとって、有力な選択肢となりうる 」と話します。

ただ、腎障害など全身的な副作用は少ないとはいえ、視神経などが集中する部位に大量の抗がん剤を注入 することから、視力の低下や顔面などの神経まひ、副鼻腔炎などが起きやすいです。血管に管を通す際の危 険性もあり、北大では専門の放射線科医の協力で治療を行っています。

最大の問題は、世界的にも10年余の経験しかなく、長期的な安全性が不明な点です。北大でも、治療後 に下あごが壊死した重大な副作用の例がありました。本間さんは「治療の対象は慎重に選ぶ必要がある」と 強調します。

頭頸部進行がんへの超選択的抗がん剤動注と放射線の併用療法は、大学病院などで広がりつつあるものの 、抗がん剤の種類や投与方法などは施設によって異なります。十分に説明を受けて選択してください。

「頭頸部」(とうけいぷ)がん治療の現状

「頭頸部」(とうけいぷ)がんは、上あごや舌、耳下腺、のどの咽頭、喉頭など、顔から首にかけてできる がんで、年間の死亡者は約6600人です。がんの切除に伴う、機能や外見の欠損を補うため、しばしば体 のほかの部分からの組織移植などにより再建も行われます。手術用顕微鏡などを使う細かい手術も必要で、 難度が高いです。

「頭頸科」を掲げるのはごく一部で、大多数の医療機関では、耳鼻咽喉科が担当します。舌や口の中のが んでは歯科口腔外科、さらには形成外科が治療に当たる医療機関もあります。

機能を温存するには、切らずに治す放射線治療が威力を発揮しまうす。上咽頭、中咽頭がんは放射線治療 が主流であり、舌がんでも放射線の小さな針を埋め込む小線源治療で舌を切らずにすむ場合があります。

関係医療機関 北大 病院耳鼻咽喉科

脳腫瘍(しゅよう)の「覚醒手術」

脳腫瘍の手術

脳腫瘍は、異常な細胞が脳内で増殖する病気です。治療には腫瘍をできる限り多く切除することが必要で すが、腫瘍の位置によっては摘出の際に脳組織を傷つけ、体のマヒや失語症などが残る恐れもあります。

「腫瘍を多く切除しつつ、後遺症を防ぐ」この二律背反の難題を解決したのが、「覚醒手術」です。

覚醒手術

手術台に横たわる患者に、医師がパソコン画面の単語や絵を見せ、「この三つの単語をつなげて文章を作 って下さい」と話しかけます。

「かべに ペンキを ぬる」と答える患者、医師は「大丈夫そうですね。言葉のもつれなど違和感はあり ませんか」と問いかけを続けます。

患者は、頭の骨の一部を外され、脳がむき出しの状態ですが、意識は鮮明です。執刀医は患者の受け答え の様子を見ながら、脳腫瘍を電気メスなどで慎重に摘出していきます。

その間にも、患者とやり取りする「反応テスト」を担当する医師が頻繁に声をかけ、氏名や住所、趣味な ども尋ねます。手を握ったり開いたりさせ、まばたきや舌の動きも見ます。

手術中は、医師が病変付近を電気や器具で刺激します。会話が途切れる、物の名前を言えない、顔が引き つるなどの異常な反応が出たら、その付近の腫瘍はそれ以上取りません。東京女子医大脳神経外科教授の堀 智勝さんは「従来の手術に比べ、安全で効果の高い治療ができます」と話します。

脳を包む硬膜は刺激で痛みを感じますが、脳組織自体は痛みを感じません。そこで、まず全身麻酔で頭の 骨を切開する「開頭」を行ってから、麻酔を中断して意識を回復させます。

この間に反応テストをしながら腫瘍を摘出し、再び全身麻酔をかけて頭部を閉じます。約10年前、効き も目覚めも早い麻酔薬が登場して、実施されるようになりました。

従来の手術では、腫瘍全体の7割程度を取れれば成功とされてきましたが、同大でこれまでに手術した約 60人の患者では、平均で約95%の量の腫瘍を摘出できました。良性の脳腫瘍の場合、4年後の生存率は 100%と、通常の手術に比べ2、3割高いです。3割程度の患者に一時的な言語障害やマヒが見られます が、数か月以内にほぼ消えると言います。

この手術は脳腫瘍のほか、脳血管にこぶができる海綿状血管腫、突然意識を失うてんかんなどにも実施さ れます。

ただ、脳の部位と働きには個人差が大きいです。そこで、言葉を発したり運動したりする際、脳のどの部 分が働くかを調べるため、覚醒手術に先立ち、測定用電極を埋め込む手術を行う場合が多いです。

さらに、覚醒手術中に脳のMRI画像も撮影するため、手術時間が9時間程度と、従来の2倍近いです。 患者には体力と忍耐も必要で、東京女子医大は15~65歳の患者に行っています。

保険がききますが、反応テストなどにスタッフも数多く必要なため、一部の大学病院でしか実施されてい ません。

関係医療機関 東京女子医大脳神経外科

関連ページ 手術による「てんかん」治療

白血病の治療「臍帯血移植」「末梢血移植」

白血病の治療

白血病の治療の選択肢が広がってきました。新生児のへその緒や胎盤の血液を移植する臍帯血移植や、腕から血液を採取する末梢血(まっしょうけつ)幹細胞移植が増え、従来の骨髄移植と並ぶ治療法となりつつあります。しかし、医療機関によって治療の選択方針が異なり、治療成績の差となって表れる場合もあります。

白血病は、未熟な血液細胞ががん化して血液や骨髄で異常増殖する病気です。骨髄には血液のもとになる「造血幹細胞」があり、これが赤血球や白血球、血小板に育ちます。白血病が進行すると、がん化した細胞が増えて正常な血液細胞を作れなくなり、貧血、出血、感染症などが起きます。

そこで、抗がん剤や放射線治療でがん細胞をたたいた上で、他の人の正常な造血幹細胞を点滴し、置き換えます。どこから造血幹細胞を採取するかで、骨髄、臍帯血、末梢血幹細胞移植の違いがあります。

臍帯血移植

臍帯血移植は、赤ちゃんのへその緒の血から集めるので提供者への身体への負担がなく、患者に合う血液が短期間で見つかるのが最大のメリットです。臍帯血は全国の臍帯血バンクに冷凍保存されています。

米欧のチームが「HLA(白血球の型)が一致した骨髄提供者が見つからない場合の治療選択肢となり得る」との研究結果を発表し、世界的にも広がっています。

国内でも保険が適用されますが、医療機関による治療成績のばらつきが大きいです。日本さい帯血バンクネットワークが解析した全国約330例のデータでは、初回の移植で3年後も再発しない患者の割合は2割強なのに対し、東大医科学研究所では約90例で7割以上と突出して高いです。

臍帯血移植は、骨髄移植を受けようとしたものの提供者が見つからず、切り替えたケースが大半です。実績のある骨髄移植に比べ、治療データの少ない臍帯血移植に賭けるのは勇気がいりますが、ギリギリまで待つほど結果は芳しくありません。

東大医科学研究所講師の高橋聡さんは「患者の状態が良いうちに移植すれば、良い成績が得られる可能性がある」と語っています。

末梢血移植

末梢血は耳慣れない言葉ですが、体内を巡る血液のことです。通常、末梢血には造血幹細胞はほとんどありませんが、白血球を増やすG-CSFという薬を注射すると幹細胞が取り出せます。両腕から採血し、血液から幹細胞だけを抜いて、残りの成分を体内に戻します。

骨髄や臍帯血と違って提供者を登録する制度はなく、兄弟など血縁者間の移植に限って認められています。

骨髄移植では、提供者は全身麻酔下で腰骨に針を刺して骨髄から幹細胞を集めます。麻酔のいらない末梢血幹細胞移植は、提供者への体の負担が少ないです。

だが、G-CSFの副作用で骨の痛みが起きることがあるほか、動脈硬化や間質性肺炎の持病がある人が提供すると、まれに病気が悪化することがあります。G-CSFの長期的な影響もまだわからない部分があります。

欧米では、骨髄移植と比べても治療成績に差はないとされますが、日本では結論が出ておらず、効果を調べる臨床試験が行われています。国立がんセンター中央病院医長の森慎一郎さんは「骨髄も末梢血も提供者に何らかの負担は出てくる。どちらを選ぶか、医師とよく相談してほしい」と話しています。

関係サイト

日本さい帯血バンクネットワーク

日本骨髄バンク

白血病の治療薬「ゲムツズマブオゾガマイシン」

白血病

骨髄では、病原菌を殺す白血球、出血を止める血小板などに育つ造血幹細胞が作られます。白血病は、この幹細胞が成長段階でがん(白血病細胞)になります。正常な血液細胞を作れなくなり、貧血、出血、感染症などが起きます。国内の患者数は約25000人と推定されています。

白血病は、がん化する細胞が骨髄系細胞かリンパ系細胞かによって「骨髄性」と「リンパ性」に分かれ、病気の進行が速いか、ゆっくりかで「急性」「慢性」に分かれます。そのうち白血病全体の約4割を占めている急性骨髄性白血病は、治療が難しいです。

治療法には、抗がん剤と放射線で白血病細胞を殺した後に、健康な人から造血幹細胞を提供してもらう移植医療が代表的ですが、薬による治療法もあります。

白血病の薬による治療法

白血病の治療に使用されるのが、新薬のゲムツズマブオゾガマイシン(商品名マイロターグ)です。患者の8割以上には、骨髄系細胞や、がん化した白血病細胞の表面に、「CD33」と呼ばれる目印があります。これに着目した薬で、目印にくっつくたんぱく質(抗体)と、有効成分カリケアマイシンを結合させて作られました。

この成分は細胞やがんにとっては猛毒で、血液中では溶け出しません。しかし薬が白血病細胞に潜り込むと、この猛毒成分が放たれ、細胞の核を破壊し、がんを殺します。正常な骨髄系細胞も攻撃されますが、基になる造血幹細胞やリンパ系細胞は無傷なので、血液細胞はやがて回復します。

ゲムツズマブオゾガマイシン(商品名マイロターグ)は2005年7月、再発または治療が困難で、「CD33」を持つ急性骨髄性白血病の患者を対象に承認されました。CD33の有無は、検査で1日から数日後には分かります。

臨床試験では、完全寛解率は25%です。十分に高いとは言えませんが、10数%とされる従来薬に比べると優れています。ただ、重い肺炎や出血、肝臓障害などの副作用があります。

浜松医大第三内科助教授の大西一功さんは「治療が難しい病気だけに、治療の選択肢が増えた意義は大きい」と話しています。この薬での治療は、白血病治療の経験が豊富な血液内科などで行われています。

急速に進む白血病治療の新薬開発

新薬開発の代表は、慢性骨髄性白血病の治療薬「イマチニブ」(商品名グリベック)です。がん細胞が増殖する仕組みをピンポイントで抑える経口薬で、2001年に承認されました。

白血病は、特定の遺伝子が変異して起こります。その遺伝子を持ったがん細胞がイマチニブで消失する割合は70-80%で、従来の治療法の10-25%に比べ大幅に高く、治療の柱になります。

未熟な細胞が異常増殖する急性前骨髄球性白血病は、未熟な細胞の成長を促して正常化させる薬「レチノイン酸」で、高い確率で完治するようになりました。

これらは「分子標的薬」と呼ばれる。慢性骨髄性白血病と急性前骨髄球性白血病は、ほぼ一つの遺伝子の異常で起こる共通点があり、「標的」の遺伝子を見つけやすいです。しかし他の白血病は複数の遺伝子が関与しているため、薬の開発は難しいです。

一方、白血病細胞だけに結合して死滅させる「抗体医薬」の研究も進んでいて、その1つがゲムツズマブオゾガマイシン(商品名マイロターグ)です。

関係医療機関 浜松医大病院

骨肉腫の「抗がん剤とカフエインの併用治療」

骨肉腫の治療法

骨肉腫は、思春期の子供に多い病気で、大腿骨や上腕骨にできやすいです。腫瘍によって内部が破壊され た骨は、切除しなくてはなりません。

1970年代までの治療では、腫瘍ができた手足の切断が主流で、5年生存率も10-20%と低かった です。1980年代以降は、抗がん剤で腫瘍を小さくしてから手術することで、手足の切断処置を回避する ことを目指しました。こうした手足の温存手術は骨肉腫手術の9割を超え、肺、肝臓などへの転移がない場 合、5年生存率も60%程度に上昇しました。

しかし抗がん剤だけで、腫瘍を死滅させることは難しいです。

そこで、抗がん剤の効き目を強くするため、金沢大整形外科助教授の土屋弘行(つちやひろゆき)さんは 、意外な物質に着目しました。それは、コーヒーなどに含まれるカフェインです。「カフェインは紫外線や 放射線による細胞障害を進行させる」との報告を読んだことがヒントになりました。

抗がん剤とカフエインの併用治療

抗がん剤でDNAを傷つけられたがん細胞は、次の細胞分裂までの周期を延ばすことでDNAを修復し、生き延 びようとします。ところが、そこにカフェインを投与すると、がん細胞は修復までの十分な時間を確保でき ず傷ついたまま分裂して、死ぬことを動物実験などで確認しました。

そのうえで、土屋さんらは1989年、骨肉腫の患者に抗がん剤とカフェインの併用療法を開始しました 。血液中に抗がん剤2種類(シスプラチンとアドリアマイシン)を4時間注入した後、カフェインを3日間 、点滴注射します。患者の体力を見ながら、この併用治療を手術前に5回、手術後に6回繰り返すのが標準 的な方法です。

カフェインの量は1日2-3グラム。コーヒー30杯分程度と量は多いですが、不眠や吐き気などの副作 用は血中濃度の調整や鎮静剤で抑えます。

これまで60人に併用療法を行い、他臓器に転移がない36人中30人は、手術前に腫瘍が消えました。 従来の成績と単純には比較できないものの、5年生存率は93%と高いです。一方、転移が起きた場合の生 存率は従来同様に低く、今後の課題となっています。

併用療法は、切除範囲を従来より小さくできます。関節や周りの筋肉、神経などを残し、切除した部分に 別の骨を移植して再建することで、運動機能回復も容易になった。

土屋さんは「手足の機能が回復する意義は大きいです。ただし、カフェインはあくまで抗がん剤の補助剤 で、コーヒーを多く飲んでも効果は期待できません」と説明します。

同大の併用療法は2003年から、検査など治療本体以外の部分に保険がきく高度先進医療に指定されま した。カフェインは安く、患者の自己負担は3日分で9500円程度です。同大以外にも骨肉腫などに併用 療法は広まりつつあります。米国では、悪性黒色腫、脳腫瘍、すい臓がんの治療などにも応用されています 。

カフェインの効果

コーヒーやお茶に含まれる成分として、だれでも知っているカフェインの意外な効果に驚かされます。安 価で、副作用をあまり心配する必要がないのが長所です。がん細胞の修復を阻害するという機能からすれば 、どんながんに対しても、抗がん剤の効果を増強する働きがカフェインにはあるかもしれません。

日本では、まだ骨肉腫などの治療に限定されていますが、さらに広がる可能性もあります。ただし、コー ヒーや茶の大量飲用で、同じ効果が得られるわけではありません。

関係医療機関 金沢大整形外科

膀胱がん体内に膀胱再建

膀胱がんによる全摘手術

膀胱がんは、がんが膀胱の内側の表面にとどまっていれば、尿道から管を通し、がんを削り取る方法で治 療できます。膀胱を取らずに済み、再発しても治療を繰り返すことが可能です。

しかし、がんが粘膜より深く筋肉の層まで進んだ場合などでは、手術で膀胱をそっくり取る全摘手術が必 要になります。この場合、手術後の排尿をどうスムーズにするかが、大きな問題になります。

膀胱再建手術

膀胱全摘後の排尿には、人工の排尿口(ストーマ)をおなかに開けて体外の袋に尿をためる方法と、代用の 膀胱を腹部の中に作る方法(膀胱再建)があります。それぞれはさらに、次の①②と、③④の手術法に分かれます。

①腎臓から伸びた尿管の先を、腹部に穴を開けたストーマまで導き、外につけた袋に尿をためる。

②切除した小腸(回腸)の一部を管として用い、腎臓から伸びた尿管をっないで、腹部に開けたストーマの に尿をためる。

③腸管の一部を使い、尿をためる袋を作る。がんが広がり尿道を残せない場合に行う手術で、おへそに開 けた穴に外から管を差し込んで排尿する。

④腸管の一部を用いて3と同様に尿をためる袋(新膀胱)を作る。新膀胱に尿道をっなぎ、腹圧で押すよう にして排尿する。尿道までがんが及んでおらず、尿道を残せた場合に実施できる。

最も自然に近い形で排尿できるのが④の方法です。

静岡県立静岡がんセンター院長の鳶巣賢一(とびすけんいち)さん(泌尿器科)によりますと、最も多く 行われているのは②で、全体の5-6割になります。次いで①の方法が2割程度です。手術時間が短くて済 む反面、ストーマを作って体外の袋に尿をためなければなりません。

一方、④の新膀胱を作っている患者は10-15%ほどに過ぎず、手術が複雑な③はほんの数%ではない かといわれてます。

「全摘患者の半数程度では、新膀胱で自然に近い排尿を目指すことができるはず」と鳶巣さんはみていま す。実施例が少ないのは、「この手術に熟練した医師が少ないためではないか」と言います。

ただ、新膀胱では長期間使っていると、通常の膀胱(500ミリ・リツトル程度)の倍以上に大きくなって しまう問題があります。自分では排尿したつもりでも残尿を大量にため込み、腎機能障害を招く心配があり ます。体液のミネラルバランスが崩れ、骨が弱くなる場合もあります。定期的に診察を受け、残尿がないか を確認することが必要になります。

手術で膀胱を取ることになったとしても、できるだけ自然に近い排尿ができるのに越したことはありませ ん。手術後の排尿方法も含めて、主治医以外の医師の意見(セカンドオピニオン)も聞いてみてください。

注意)セカンド・オピニオンとは、よりよい決断をするために、当事者 以外の、専門的な知識を持った第三者に、求めた「意見」の事です。

膀胱がんの標準的な治療

膀胱がんは血尿をきっかけに見つかることが多く、60-70歳代を中心に、男性が女性の3倍です。患 者の6-7割は、がんが膀胱の内側の粘膜にとどまり、尿道から細長い電気メスを膀胱内に挿入して、がん を削り取る「経尿道的切除」が行われます。

治療後に、BCGや抗がん剤を膀胱内に注入する方法も併用されるが、再発しやすく、経尿道的切除を何度 も繰り返すこともあります。

抗がん剤は比較的よく効き、手術不能な場合には4種類の抗がん剤を併用するMVAC(エムバック)療法が行 われます。

関連医療機関 静岡県立静岡がんセンター

がん治療前の不妊対策「ガラス化法」と「放射線遮断」

不妊対策「ガラス化法」

白血病や悪性リンパ腫などの血液のがんには、骨髄移植などの治療が行われます。その際、事前にがん細胞を退治するため、前処置として抗がん剤治療や全身の放射線照射を行います。その影響で卵巣や精巣の機能が失われ、不妊になることが多いです。

男性の場合、精子を事前に凍結保存する方法が普及してきましたが、女性の場合は卵子の採取や保存が難しく、これまで凍結保存はほとんど行われていませんでした。がんが治っても、「不妊」という後遺症に悩む女性も少なくありません。

未受精卵は受精卵に比べてもろく、低温になると細胞内の水分が氷の結晶構造を作るために膨張し、細胞が壊れやすいです。凍結しても、従来の方法では解凍後の卵子の生存率は約2割にすぎず、体外受精で出産に至る確率はわずか1%程度とされていました。

しかし、未受精卵を凍結保存する従来とは異なる新しい手法が開発され、注目されています。加藤レディスクリニック(東京・新宿)研究開発部長の桑山正成(くわやままさしげ)さんが開発した「ガラス化法」と呼ばれる凍結法です。これまで動物の卵子凍結に使われていましたが、1999年にヒトヘの応用に成功し、解凍後の未受精卵の生存率が98%へと飛躍的に高まりました。

「ガラス化法」は、細胞内の水分を毒性のない特別な溶液に徐々に置き換え、氷の結晶を作らないように凍結させます。この結晶がガラスと似たような構造を持つことからこの名がつきました。

同クリニックでは、ガラス化保存した未受精卵29個を体外受精させ、すでに5人の子供が生まれました。いずれも不妊患者への一時的な措置として凍結されたもので、まだ白血病患者のケースはありませんが、桑山さんは「他の不妊治療施設にもノウハウを伝え、全国の白血病患者の要望に応えていきたい」と話しています。

放射線を遮断して卵巣機能を守る手法

しかし、「ガラス化法」ですと卵子の採取には、月経開始から約10日間、排卵を誘発する薬物治療を続ける必要があり、病状が急激に進行してしまった場合には実施が難しいです。凍結保存した場合でも、体外受精で妊娠に至る確率は一般に2-3割と高くありません。未受精卵の凍結保存で生まれた子供の健康に関する長期データもありませ。

そこで、がん患者には別の方法も試されています。骨髄移植の前処置の全身放射線治療の際、卵巣の部分だけを厚いタングステンで覆い、放射線を遮断して卵巣機能を守る手法です。

東大病院では、無菌治療部と放射線科が共同して、2002年からこれまでに3人の患者に実施、うち2人は治療後に月経が戻り、卵巣機能が回復しました。しかし、残りの1人は白血病が再発しました。再発が起きた部位は卵巣ではなく、卵巣に放射線照射をしなかったこととの因果関係は不明ですが、同部特任講師の神田善伸(かんだよしのぶ)さんは「十分に説明した上で慎重に進めたい」と話しています。

白血病専門医らで作る日本造血細胞移植学会は、治療後の不妊に対処するため、生殖医療の最新情報を患者に提供することになりました。

未受精卵の凍結保存を行う施設はまだ少なく、放射線の遮断も東大でしか実施されていません。

同学会前会長で岡山大教授の谷本光音(たにもとみつね)さんは「不妊対策について、治療前に主治医に相談してほしい」と話しています。

骨随移植の前処置と卵巣機能

抗がん剤のエンドキサンを使った場合の卵巣機能回復率は68%、エンドキサンとブスルファンの組み合わせでは2%、エンドキサンと放射線照射で15%という海外のデータがあります。移植後の妊娠を望むのでしたら、その可能性も含め、早めに主治医に相談してください。

関係医療機関 

加藤レディスクリニック

東大病院

がんの放射線治療「サイバーナイフ」

放射線治療「サイバーナイフ」

神経や血管、組織が密集している頭や顔、首(頭頸部:とうけいぶ)の手術は、できるだけ避けたいもので す。患者には、手術に耐えるだけの体力がない高齢者らも多いです。その点、メスを使わない放射線治療な ら患者の体の負担が少ないです。ただし、通常の放射線は照射範囲が広く、微細な部位には使えないです。 そこで、精密に照射できる最新鋭器「サイバーナイフ」が、放射線治療の新たな可能性を広げています。

サイバーナイフの仕組みはこうです。あらかじめ作成した画像に2方向から撮影したエックス線画像を重 ね合わせて病巣を正確にとらえます。これを基に、6か所の関節を持つクレーンのようなロボットアームが 、患者の体の微妙な動きに即応して位置を自在に変えながら、アーム先端の小型リニアック(直線加速器)か ら放射線を照射します。

リニアックは患者の頭頸部の周囲100か所のポイントから各12方向に照射します。最大1200本の 放射線を病巣の形状に合わせて、方向と強さを変えて照射し、体が大きく動くと中断して誤射を防ぎます。

サイバーナイフは1992年、アメリカで開発されました。ロボットアームの動きは、巡航ミサイルが動 く標的を追跡して撃ち落とす軍事技術が応用されており、照射の誤差は1ミリ以内と精度が高いです。メス のような鋭い切れ味の「電脳ナイフ」が名前の由来です。

従来、脳神経外科の放射線治療には、ガンマ線を照射する「ガンマナイフ」が多用されてきました。サイ バーナイフと比較しても効果に違いはありませんが、ガンマナイフは重い金属フレームを患者の頭がい骨に ねじで固定するため、痛みが多少あります。治療できるのは基本的に頭がい骨内にある3センチ以下の病巣 に限られています。

これに対しサイバーナイフは、メッシュ状の固定用マスクをはめるだけです。何日にも分けて広い範囲に 照射し、大きな病巣も治療できます。「針の穴に糸を通す」精度で、ガンマナイフでは治療できない頭がい 底や頸部、脊髄(せきずい)の周辺、眼球と眼球の間など、頭がい骨の外にある病巣でも治療できます。

サイバーナイフの治療対象

頭頸部腫瘍のほか、くも膜下出血を引き起こす動静脈奇形や三叉(さんさ)神経痛なども治療できます。

治療は麻酔をせずに約1時間で、照射後に吐き気、発熱などが起こることがありますが、数日で治まりま す。叉神経痛などを除く、多くの疾患で健康保険が使え、治療費の自已負担は通常、3割となります。

関東脳神経外科病院サイバーナイフセンター長の井上洋(いのうえひろし)さん(群馬県藤岡市・神経機 構研究所長)は「放射線を病巣に集中させるピンポイントの照射ができるので、頭頸部に最適ですが、今後、 肺がんや乳がんなどにも広がるでしょう」と話しています。

ただサイバーナイフ装置は1台数億円と高価で、目下、全国で14施設にあるのみです。

ガンマナイフ

ガンマナイフは1968年、スウェーデンで開発された放射線治療装置です。

国内には1990年に初めて導入された。コバルト60を放射線源にして、頭部を覆うヘルメット型コリ メーターの201個の穴からガンマ線を放射します。虫眼鏡で光を一点に集中する要領で、病巣を焼き切り ます。

主な設置施設は日本ガンマナイフサポート協会のホームページ で分かります。

関係医療機関

関東脳神経外科病院(埼玉県)

脳神経外科聖麗メモリアル病院(茨城 県)

おか脳神経外科病院(東京都)

新緑会脳神経外科病院(神奈川県)

津島市民病院(愛知県)

蘇生会総合病院(京都府)

大阪大学病院(大阪府)

岡山旭東病院(岡山県)

厚南セントヒル病院(山口県)

済生会今治病院(愛媛県)

共愛会 戸畑診療所(福岡県)

九州大学病院(福岡県)

大分岡病院(大分県)

熊本放射線外科病院(熊本県)

藤元早鈴病院(宮崎県)

関連ページ

三叉神経痛のガンマナイフ治療

がんペプチドワクチン療法(免疫細胞療法)

ペプチドワクチン療法は第4のがん治療法

がん細胞の一部を合成したワクチンを注射し、人が持つ免疫力を高め、がん細胞を撃退する「がんペプチドワクチン療法」の臨床研究が進んでいます。対象は、抗がん剤や放射線、外科手術などの標準治療が難しくなった進行がん患者に限られていますが、最後まで希望を捨てさせない、第4のがん治療法として期待されています。

ペプチドとは、たんぱく質の一部分で、アミノ酸が複数結びついたものです。がん細胞の表面には、がん細胞特有のペプチドが存在します。

ペプチドワクチン療法は、以下のような手順で行われます。

①がん細胞の表面にある、がん細胞特有のペプチドを、ワクチンとして人工合成し、患者に注射します。

②人体の免疫システムは、注射で外部から侵入したペプチドを、細菌やウイルスなどの病原体と同じ異物と認識します。

③免疫システムは異物を攻撃する「キラーT細胞」を増殖させ、がん細胞そのものを破壊します。

以上のようにペプチドワクチン療法は、人為的に免疫作用を強化させる免疫細胞療法なのです。

ワクチンは通常、敵(病原体)の体内への侵入を防ぎますが、ここでは、体内で生まれた敵(がん)を排除するのが目的です。

直径10センチのがんの細胞数は、キラーT細胞の数千倍ともいわれ、その差は圧倒的。ペプチドワクチン療法はキラーT細胞を人為的に増やし、キラーT細胞に攻撃目標を指示して、がん細胞の増殖を抑え、減らすことを目指します。

ペプチドワクチン療法の臨床研究

女性A(34)は約2年前に手術で膵臓がんを切除しましたが、約3か月後に肝臓への転移が判明しました。

抗がん剤治療を始めましたが、がんは2か月後に倍以上に肥大し、医師からは治療の継続が困難と告げられました。

ペプチドワクチン療法の臨床研究が行われている千葉徳洲会病院(千葉県船橋市)を知り、昨年4月から、最初の2か月間は週1回、その後は月2回、太ももの付け根にワクチン(1回1㏄)の皮下注射を受けてきました。がんは3センチまで増大しましたが、今年5月中旬には4分の1に縮小しました。

女性は「一時は緩和ケアも考えましたが、最後までがんに向き合う気持ちが持てました」と話しています。

ペプチドワクチン療法は、外科手術や抗がん剤、放射線などの標準的な治療が難しく、使用するペプチドを異物と認識する白血球の型(HLA)を持つ患者に行われます。

白血球の型(HLA)とは、白血球の血液型のことです。このため白血球の型(HLA)と使用するペプチドの種類の組み合わせによって、免疫システムが働く人と、働かない人がでてしまうのです。

注射回数は各施設で多少異なりますが、多くは週1回程度です。東大医科学研究所教授の中村祐輔さんらが開発したワクチンは、ほぼすべての臓器のがんが対象になります。各臓器のペプチドが異なるため、がんの種類に応じて使い分け、最大5種類のペプチドを混ぜます。

同研究所は2006年8月から今年5月中旬に、全国59施設で約1050人に実施。生存期間の延長効果などを分析中ですが、明確な結論は出ていません。発熱や注射部位の皮膚の炎症などがありますが、重い副作用は確認されていないといいます。

中村さんは「標準治療を尽くして免疫力が低下した後ではなく、より早い時期にワクチンが使えれば、さらに効果が表れる可能性がある」と強調しています。

ペプチドワクチン療法は、ほぼすべての種類のがんに共通して存在するペプチド「サバイビン」に注目したワクチンを開発した札幌医大や、約30種類のペプチドから患者の体質に最も適合する数種類を用いる久留米大学などでも臨床研究が行われています。

治療を希望する場合、ワクチン療法に関しては、患者の費用負担はないといいます。

関係医療機関

東大医科学研究所 (℡03-3443-8111)

札幌医大 (℡011-611-2111 内線2691)

久留米大 (℡0942-31-7975)

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がんの免疫細胞療法

PETによるがん検査の信頼性

PETによるがん発見率

小さながんでも発見率が高いと言われ、約100か所の医療機関に導入されているのが、画像診断装置P ET(陽電子放射断層撮影)です。多くの施設でがん検診にも使われていますが、国立がんセンター(東京 )の研究で、がんの85%が検出できなかったことが分かりました。「PETで異常がないからといって安 心するのは危険」と、専門家は指摘しています。

PETは、放射性物質とブドウ糖を含んだ薬剤を静脈注射し、これが発する放射線を特殊なカメラで映像 化する診断法です。がんは糖を取り込む性質があるため、がんのある場所が鮮明に映し出されます。

薬剤を注射して1時間ほど安静にした後、約1時間かけて全身を撮影します。放射線被ばくは多少ありま すが、「全身のがんを一度に見つけることができる」と言われ、急速に広まりました。

元々はがんと診断された人の転移や再発を、調べるために使われており、保険も適用されています。健康 な人のがん検診には保険がききませんが、十数年前から検診にも自費診療で使われるようになりました。

しかし、PETを検診に使っているのは、日本のほか韓国、台湾ぐらいです。欧米では、がん検診への有 効性が示されておらず、実施されていません。

国立がんセンターに設置された「がん予防・検診研究センター」では、昨年1月までの1年間に、超音波 、CT、PETなどを併用した検診を受けた約3000人のうち、約150人にがんが見つかりましたが、 PETでがんがあると判定された人は23人(15%)に過ぎませんでした。

従来、組織に水分が多く糖が取り込まれにくい膀胱(ぼうこう)、腎臓、前立腺、胃などのがんは、PE Tでは見つかりにくいとされてきました。日本核医学会が2004年にまとめたPETがん検診の指針でも 、がんの検出に「非常に有効」とされたのは、甲状腺や顔、首などにできる頭頸(とうけい)部がんと悪性 リンパ腫(しゅ)の2種類しかありません。

ところが、この指針で「有効性が高い可能性がある」とされている肺がん、大腸がんのPET検診にも、 国立がんセンターの調査では、効果に疑問を投げかけるデータが出ました。大腸がんが発見された人のうち 、PET検査でがんが分かった人は13%、肺がんでも21%にとどまりました。

独協医大教授(PETセンター長)の村上康二さんは「多種類のがんを楽に見つけるPETの利点を生か すため、より効果を高める薬剤や装置の研究開発が必要」と話しています。

がんの検査

現時点では、どんな検査を受ければよいのか。厚生労働省研究班の調査では、がんの死亡率を減らす効果 があるとされる検診は

  • 乳がんのエックス線検査(マンモグラフィー)
  • 大腸がんの便検査
  • 子宮頸がんの細胞診
  • 胃がんのバリウム検査
  • 肝がんの肝炎ウイルス検査

などがあります。

このほかにも、肺がんの場合、「高速らせんCT」と呼ばれる高性能CTで、早期がんの発見率が高まっ たとの報告があります。さらに卵巣がんに超音波検査、乳がんには超音波と視触診の併用検査、前立腺がん にPSA(前立腺特異抗原)と呼ばれる血液マーカー検査などが行われています。

しかし、これらの検査は、がんの発見率こそ高いものの、死亡率の減少につながるとまでのデータはあり ません。小さながんが発見されても、すぐに命にかかわるものは多くないからです。

PETの場合、がん治療後の転移がんの発見には効果があるとされ、有効な利用法について、さらに研究 が必要になります。

関係医療機関

国立がんセンター(東京)

膀胱がんの動注化学・放射線治療併用による膀胱温存療法

膀胱がんと治療法

膀胱がんは膀胱の内側の上皮(粘膜)に発生するがんで、表在性膀胱がんと浸潤性膀胱がんの二つに大き く分けられます。進行するに従って外側へ向かって膀胱壁(粘膜・粘膜下層・筋層)の中に深く浸潤してい きます。がんの浸潤が粘膜下層にまでとどまっているのが表在性膀胱がんで、筋層まで届き、それ以上に広 がっているのが浸潤性膀胱がんです

膀胱がんの予後は、表在性膀胱がんと浸潤性膀胱がんではまったく異なります。前者の5年生存率は90パ ーセント以上と非常に高いのに、後者は40パーセント以下と半分にも満たないです。

加えて、表在性膀胱がんは尿道から膀胱鏡を膀胱へ挿入し、電気メスで腫瘍を切除する手術の経尿道的膀 胱腫瘍切除術(=TUR-Bt)によって治癒し、膀胱を全摘することはありませんが、浸潤性膀胱がんは開腹手 術で膀胱を全摘しなければなりません。膀胱をとられたうえに治癒も難しいというのが浸潤性膀胱がんで、 患者さんにとっては二重の苦しみを負うため、この苦しみをなくす新たな治療法が切実に求められてきまし た。

もちろん、近年の尿路変更術の進歩によって、膀胱を全摘した患者の排尿に関するQOL(生活の質)はか なり改善したものの、体に備わった膀胱を失うという事実は変わりません。

そこで今、筑波大学付属病院で試みられている動注化学・放射線治療による膀胱温存療法は、本来の膀胱 ・排尿機能を残しながら治癒も得たいという患者の声に応えた、画期的治療法といえるでしょう。

膀胱温存療法の適応対象者

浸潤性膀胱がんは進行の程度によって、T2、T3、T4の3種類に大きく分けられます。少し専門的になりま すが、T2はがんの浸潤が筋層にとどまるもので、T3は膀胱の周囲の脂肪組織へ浸潤しているもの、さらにT4 は前立腺・子宮や骨盤壁など隣接臓器へ浸潤しているものです。

このうち膀胱温存療法の対象となるのはT2、T3の、リンパ節転移や遠隔臓器転移の認められない浸潤性膀 胱がんです。浸潤の程度やリンパ節転移の有無などは、生検やCT、MRI等の画像検査で確かめます。

注意すべきはT2、T3の浸潤性膀胱がんのすべてが膀胱温存療法の対象となるわけではないことです。腫瘍 の数や大きさなどをはじめ、経尿道的膀胱腫瘍切除術(=TUR-Bt)で切除した患部の組織から、がんの悪性 度などを見るなど総合的に判断し、最終的に膀胱温存療法の対象となるか否かを決定します。

浸潤性膀胱がんは腫瘍の数が1個、すなわち単発のケースが多いようで、腫瘍の数が増えるほど、また腫 瘍のサイズが大きいほど再発の危険性は高くなります。いままでの経験と研究から、膀胱内の再発の危険性 は腫瘍の数が2個以上のときは単発のときより約43倍、腫瘍の大きさが3センチ以上のときは3センチ未満のと きより約6倍高まることが明らかにされています。

そうしたリスクファクターなどを勘案し、膀胱温存療法を行っても再発の恐れが少ない浸潤性膀胱がんを 対象に膀胱温存療法を行っているのです。

動注化学・放射線治療併用による膀胱温存療法

動注化学・放射線治療併用による膀胱温存療法は、

1.経尿道的腫瘍切除術(TUR-Bt)

2.抗がん剤の動注化学療法+放射線治療

3.陽子線治療

の3段階の治療ステップで進みます。

最初のステップは膀胱鏡を尿道から膀胱へ挿し入れ、がん病巣を電気メスで切除します。肉眼で確認でき た腫瘍はすべて切除できることもありますが、腫瘍を切除できず残してしまうこともあります。

2番目のステップは動注化学療法と放射線治療を同時併用する治療で、まず細い管(カテーテル)を太股 の大腿動脈から挿入し内腸骨動脈まで進入させ、抗がん剤(メソトレキセート+シスプラチン)を投与しま す。これが動注化学療法です。

直接、腫瘍に高濃度の抗がん剤を投与するため、がんに対する殺傷力が増強します。しかも、全身に潜ん でいるかもしれない、目に見えない小さながんの転移も十分に叩ける濃度と量(体表面積1平方メートルあた りメソトレキセート30ミリグラム、シスプラチン50ミリグラム)の抗がん剤を投与しますが、静脈から点滴 投与する通常の方法と比べ副作用は軽くすみます。

動注化学療法は3週間ごとに3回行います。

放射線治療は、第1回目の動注化学療法の翌日から1回=1.8グレイを、膀胱の存在する骨盤の奥(小骨盤 腔)に照射します。通常の体外照射で週5回、計23回=41.4グレイを当てます。

動注化学・放射線治療が終わった段階で、がんが存在したところの組織を膀胱鏡で取り、顕微鏡でがん細 胞の有無を確かめます。がん細胞のないことが確認されたら次のステップの陽子線治療に進みますが、がん 細胞が確認されたときは手術による膀胱全摘に切り替えます。

アメリカ等の研究では、浸潤性膀胱がん(T2、T3)の30パーセント前後は、静脈投与の抗がん剤治療のみ で消失することが判明しています。

しかし、動注化学療法に放射線を加えると、腫瘍の消失率が90パーセント程度へ飛躍的に高まります。実 際、筑波大学の動注化学・放射線治療では、93パーセントの浸潤性膀胱がんが消失し、ほとんどの患者が次 のステップの陽子線治療に進んでいます。

陽子線治療

第3段階の陽子線治療は、腫瘍が存在したところに追加照射(ブースト)します。膀胱がんの再発防止を より確実なものにするためで、あらかじめ患部の周辺にマーカーとなる金属粒子を膀胱鏡で埋めこみ、照射 範囲を厳密に絞りこんで陽子線を照射します。

もともと陽子線は人体の中でその破壊エネルギーがもっとも大きくなるピーク(ブラッグピーク)の位置 を調節できるため、患部のみに放射線を集中的に照射し、その周りの正常組織への放射線障害を極力減らせ るところに大きな特長があります。1回3グレイ相当を週5回、計11回=33グレイ相当を当てます。

膀胱温存療法はすべて完了するのに約3カ月間を要します。膀胱を全摘する手術の入院期間は2~3週間な ので、その約4倍の入院期間を必要とすりますが、それに十分見合う生活の質(QOL)が保障されます。

(注意)陽子線治療の設備は、筑波を含んで全国で10箇所ほどしかあ りませんので、ほとんどの病院では陽子線治療はできません。

また陽子線治療は高度先進医療のため、治療費は全額患者さんの負担になります。費用はだいたい200 万円以上になります。

関係医療機関

筑波大学付属病院

四国がんセンター

北海道大学付属病院

骨への転移がん進行を抑制する「ビスフォスフォネート製剤」

骨への転移がん

骨に転移したがんは、骨をもろくし、痛みや、骨折を引き起こします。脊椎(せきつい)に転移したがん が、脊髄の神経を圧迫し、まひが起こることもあります。

厚生労働省研究班(班長・荒木信人大阪府立成人病センター整形外科部長)の推計では、骨転移に苦しむ 患者さんは、年間6~9万人います。乳がんや肺がん、前立腺がんが骨に転移しやすいです。

治療は、薬や手術、放射線を組み合わせます。肺がんなどは、抗がん剤で全身のがんの増殖を抑えるのが 、標準的な治療です。乳がんや前立腺がんは、ホルモン療法も行います。

痛みに対しては、モルヒネなどの鎮痛薬を使ったり、放射線治療が行われたりします。1回から数回に分 け患部を照射、7、8割の患者で痛みが改善されるといいます。また、まひや骨折の予防も放射線治療の役 割です。

ビスフォスフォネート製剤の「ゾレドロネート(商品名ゾメタ)」

これらに最近、加わったのが、骨のがんの進行を抑制する点滴薬、ビスフォスフォネート製剤です。抗が ん剤やホルモン剤のようにがんに働きかけるのではなく、がんが骨で増殖しにくい環境を作ります。飲み薬 は骨粗しょう症治療薬として使われています。

2004年に乳がんの骨転移治療薬、2006年4月には、血液がん以外のすべてのがんの骨転移などに、ビスフ ォスフォネート製剤の「ゾレドロネート(商品名ゾメタ)」が承認されました。ゾレドロネートの点滴は、 15分ですみます。

正常な骨は、古い骨を溶かして壊す破骨(はこつ)細胞と、骨を作る骨芽(こつが)細胞がバランス良く 働き、新陳代謝を繰り返します。しかし、骨に転移したがんは、そのバランスを崩します。

肺がんや腎臓がんからの転移は、破骨細胞の働きが活性化され、骨が溶け出しスカスカになります。一方 、前立腺がんは、骨芽細胞の働きが高まり、異常に骨が作られ、折れやすくなります。乳がんからの転移は 両タイプが見られる。

ビスフォスフォネート製剤は、破骨細胞の働きを抑制して骨が溶け出すのを止め、骨芽細胞の働きも正常 に戻していくとされます。

「ゾレドロネート(商品名ゾメタ)」の効果

国内の骨転移がある乳がん患者約230人を対象にした比較試験では、ゾメタを1年間投与したグループ でその間、痛みがあった患者はほぼ全員で痛みが軽減しました。また、3割が骨折やマヒなど合併症を起こ しましたが、投与しなかったグループは5割で発生しました。薬によっては、2割の患者が重い合併症を免 れたことになります。

原因不明の副作用として、1万人に7人の比率で、あごの骨の壊死(えし)が報告されています。抜歯後 に起こりやすく、その時期は使用を控えてください。

癌研有明病院(東京)癌化学療法センター臨床部副部長の高橋俊二さんは、「痛みや骨折は、著しく生活 を妨げます。比較的安全に使える薬なので、症状が出る前から薬を使うことで、1日でも長く普通の生活を 過ごせる可能性が高まります」と話しています。

関連医療機関

癌研有明病院(東京)癌化学療法センタ ー

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骨粗しょう症の治療薬「塩酸ラロキシフェン」「ビスフォスフォネート製剤」

前立腺がんの超音波治療法HIFU(高密度焦点式超音波法)

前立腺がんの従来の治療法

前立腺は尿道を取り囲むように位置し、クリの実のような形をしています。精子とともに出る前立腺液を 作ります。前立腺がんは高齢化とともに増え、毎年約7000人が亡くなっています。

がんが前立腺内にとどまる早期がんの場合、主に

1.前立腺を取り除く手術

2.体外からの放射線照射

3.ホルモン療法

の3つの治療法があります。

しかし、それぞれ様々な副作用があります。手術は出血量が比較的多く、2、3週間以上の入院が必要と なり、失禁などの排尿障害が2割ほど、性機能障害が6-9割出ます。放射線治療は排尿障害は少ないです が、膀胱(ぽうこう)炎や直腸出血を生じることがあります。ホルモン療法は、ほとんどが性機能障害にな ります。

そこで体への負担が少ないと期待されるのが超音波治療法HIFU(高密度焦点式超音波法)です。検査用の 数千倍の強力な超音波を使って、病巣を80-98度に加熱し、がん細胞を焼き殺します。

超音波治療法HIFU(高密度焦点式超音波法)

治療はまず、腰椎(ようつい)麻酔か全身麻酔を行い、先端から超音波が出る棒状の器具(直径3.2セ ンチ)を肛門に挿入します。モニター画面を見ながら、前立腺全体に強力な超音波をかけます。超音波の照射 範囲や強さなどは、あらかじめコンピューターで設定されています。

防衛医大泌尿器科医師の住友誠さんによると、治療時間は前立腺の大きさで異なり、3、4時間ほどです 。治療後2週間は、尿道が狭くならないよう細い管を人れておく必要がありますが、手術の翌日には歩行と 食事が可能となり、通常3、4日間で退院できます。

国内で最も治療経験が、豊富な東海大八王子病院泌脈器科助教授の内田豊昭さんが、患者86人に対する 治療成績をまとめたところ、がん細胞が消失する割合は、平均、1年半後で76%でした。一方、副作用の 性機能障害は31%で、排尿障害が23%でした。

治療成績では、5年後のがん消失率が約80%の手術にやや劣りますが、出血が避けられ、性機能障害の 副作用も比較的少ないです。

前立腺がんには小型の放射線カプセルを患部に埋め込む治療(小線源組織内照射)も認可され、選択の幅 が広がりました。この治療や超音波治療は心臓病など持病で手術できない高齢者や、なるべく性機能を温存 したい人には有効な治療となります。

超音波治療法HIFU(高密度焦点式超音波法)は、手術や放射線の治療後、がんの取り残しや再発がわかっ た場合に行う選択もあります。ただし、前立腺内に結石があると温度が上がりすぎる危険があり、実施でき ません。また保険がきかず、費用は80万から100万円ほどかかります。

治療法が確立している手術や放射線に比べて、超音波治療は国内での実績が少なく、有効性や安全性は十 分明らかになっていません。自分の病状も考慮して、慎重に治療法を選ぶ必要があります。

前立腺がんの進行と治療法の選択

前立腺内にがんがとどまっている「限局がん」では外科手術、腹腔鏡下手術、体外放射線治療法、小線源 療法、超音波療法などがあります。

がんが前立腺の外にまで広がっている「局所浸潤がん」では、ホルモン療法、体外放射線治療法が選択で きます。

がんが他の臓器にまで広がっている「転移がん」では、ホルモン療法で治療を行います。

関係医療機関

防衛医大泌尿器科

東海大八王子病院泌脈器 科

舌がん治療の「小線源組織内照射」

舌がん治療の後遺症

日本では、毎年3000人ほどが新たに舌がんを発症します。そのうち90%の患者さんが、手術を受けているとみられています。

がんの直径が2センチ未満の1期なら、周囲1センチを含めて切除して終わりますが、がんが2-4センチの2期ともなると、欠損部分を本人の腕や腹の皮膚を移植して補うことになります。

しかし、「形成手術で形は戻せても、味はわからなくなるし、言葉も不明瞭になる」と、東京医科歯科大放射線科教授の渋谷均さんは指摘します。舌がんの1割は舌の先端にできますが、その場合は切除範囲が小さくても、発音が「舌足らず」になります。

小線源組織内照射

こうした後遺症を心配せずに受けられるのが、「小線源組織内照射」治療です。放射線を放出するセシウムなどの針を刺し入れる方法と、まずチューブを入れ、その中に放射線源を通す方法があります。

同大学病院では、治療は耳鼻科用のいすに座った状態で行います。局所麻酔をし、ピンセットのような器具で、長さ4センチほどの針を刺し入れていきます。

がんの厚さが8ミリ以下の場合はイリジウム針、これより厚い時はセシウム針を使用します。病巣の位置や年齢によっては、放射線を出す金粒子も使われます。

事前に患者さんごとに照射線最を計算して、エックス線写真で針の位慨を確認しながら、7日前後で計70グレイの線量を当てます。

治療の際に重要なのが、あごの骨を守るアクリル製のマウスピースです。下あごの骨は舌の瑞に接しており、この保護がないと、放射線の影響で骨の組織が死ぬことがあります。

治療対象は舌がんの1、2期で、5年後の生存率は約80%です。手術と変わらない治療成績にもかかわらず、あまり普及していないのは、患者さんが受診する耳鼻科や口腔(こうくう)外科では、小線源照射について説明しないことが多いからです。その緒果、放射線治療を知らずに手術を受け、後遺症に悩む患者さんは少なくないそうです。

舌がんの小線源照射には、保険が適用されます。費用は部分切除のみの手術とほぼ同じ20万円前後で、患者負担はその1-3割です。形成手術も伴う2期の手術が50万円以上になるのに比べ、経済的にも優れています。

最近は、放射線治療を希望する患者さんも増えています。渋谷さんは「治療する医療機関の設備や医師の技量も十分確認してほしい」と話しています。

舌がん治療の病院選択

舌がんの治療をする時の病院の目安として

1.年間10例以上は実施していることが望ましい。

2.施設または主任医師に50例以上の経験がある。

3.施設または治療医師の治療成績が明らかになっている。

4.依頼して1か月以内に治療を開始できる。

5.患者ごとに照射線量を計算している。

6.患者ごとにマウスピースが作られている。

などがあげられます。

広がる「小線源組織内照射」治療

「小線源組織内照射」は舌がんの他に口腔がん、頭頸部がん、乳がん、前立腺がん、食道がん、子宮頸部がん、肺がんなどの治療に使われています。

関係医療機関

東京医科歯科大放射線科

最新の放射線治療「重粒子線と陽子線」

副作が少なく治療効果が高い重粒子線と陽子線治療

手術による切除、抗がん剤の投与と並んで、がん治療三本柱の一角を担うのが放射線照射です。病巣に放 射線が当たると、がんは細胞分裂ができなくなり、死んでいくのが治療のメカニズムです。

しかし、放射線は正常細胞にも悪影響を与えます。通常のエックス線を使った放射線治療では、体の表面 から体内の病巣部に近づくに従って放射線の量が弱まっていきます。がん細胞への効果は薄れ、病巣の前後 の正常な組織も傷つける副作用を起こします。

そこで、病巣だけに、しかも強力な放射線照射を実現したのが、放射線の1種の重粒子線(炭素イオン線 )と陽子線治療です。

主な特徴は2つあります。

  1. 通常の放射線治療に使われるエックス線、ガンマ線に比べて粒子が大きく、がん細胞への殺傷力が強 い 。
  2. 弱い力で体内に入り、正常細胞への影響を抑えながら、病巣に達したところで力が最大になるように 調 節できる。また、病巣でピタリと攻撃をやめて、その先にある正常細胞への影響を抑えられる。神経や消 化 管が隣接していても影響は少ない。

重粒子線は骨肉腫のような骨や筋肉など、治療の難しいがんにも効果が高いです。「がんの種類によって は手術による切除にまったく劣らない」と放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院長の辻井博彦さ んは断言します。

一方の陽子線の効果も同様です。1998年に副鼻腔(ふくびくう)がんが見つかった千葉県の女性(5 2)は手術を受けましたが、99年に再発しました。今度はがんが左の眼球に接しているため、外科手術では 眼球も一緒に摘出せざるを得ませんでした。また、通常の放射線治療でも強いエックス線が目を通過するた め失明の恐れが高くなります。第三の方法として、国立がんセンター東病院で放射線の一種の陽子線治療を 受け、視力を犠牲にせずに完治させることができました。

陽子線治療部長の荻野尚さんは「副鼻腔がんや咽頭(いんとう)がんなど、手術や通常の放射線治療では 視力や声を失わざるを得ない場合でも、機能が残せる可能性がある」と言います。陽子線治療を始めた98 年からこれまでの患者180人のうち、4割が頭頸部(とうけいぶ)のがんでした。

早期の肺がん、肝がん、前立腺がんでも手術と変わらない成績だと言います。これらのがんでは、手術が 第一の選択肢とされますが、肺気腫(はいきしゅ)などで呼吸機能が低下して手術が危険な肺がん患者や、 手術を受けたくないという患者さんを対象に治療をしてきました。

荻野さんは「進行して手術ができない場合、陽子線でも治療は難しいです。早期がんでは合併症の少ない 治療法として有力な選択肢の一つとなります。」と説明しています。

重粒子線と陽子線の施設と費用

ただし、施設整備には巨額の費用がかかるのが、重粒子線や陽子線治療の問題です。

放射線の粒子が大きい重粒子線は、照射時に十分に加速しなければ、体内の病巣を的確にとらえられませ ん。このため、直径約40メートルものドーナツ状の加速器で、3段ロケットのように加速し、光速の8割 近い超スピードに上げます。放射線医学総合研究所の施設は、奥行き120メートルという大型のものです 。文部科学省が統括し、加速器だけで総工費325億円をかけました。世界に炭素イオン線施設は、このほ か兵庫県新宮町の兵庫県立粒子線医療センターとドイツの2か所しかありません。

陽子線も大型の施設が必要で、国立がんセンター東病院では建物も含めた費用は80億円。維持費だけで も年4-5億円がかかります。このため陽子線治療施設は、全国に5か所しかありません。

陽子線の場合、治療は外来で受けることができますが、同病院では治療費として280万円の自己負担が 必要になります。一方、重粒子線も含め、研究として実施している施設では、治療対象を絞った上、無料で 行っています。将来は、研究施設でも、一定の費用負担が必要になってくる見込みです。

関連医療機関 重粒子線

放射線医学総合研究所(千葉県)

兵庫県立粒子線医療センター(兵庫県)

関連医療機関 陽子線

国立がんセンター東病院(千葉県)

兵庫県立粒子線医療センター(兵庫県)

筑波大陽子線医学利用研究センター (茨城県)

若狭湾エネルギー研究センター (福井県)

静岡がんセンター (静岡県)

がんの凍結療法

凍結療法

カチンカチンに凍らせたバラの花は、軽く触れるだけで粉々に壊れます。これと似た原理をがんの治療に 使うのが「凍結療法」です。切除手術に比べ、体への負担が少ない点が特長です。

腎がんと肝がんを対象に、効果や安全性を調べる臨床試験が行われました。その実施施設の東京慈恵医大 柏病院の放射線科助教授原田潤太さんは「がんを凍らせて殺す。わかりやすい治療法です」と話します。

治療に使う冷凍装置は洗濯機ほどの大きさ。コードでつながった直径2-3ミリ、長さ20センチほどの 金属製の針の先端内部に、高圧ガスを噴出して液化させます、マイナス185度の超低温に、わずか10秒 間で冷却できます。

この針を、MRI(磁気共鳴映像法)の画面を見ながら、皮膚から刺し、針ががんに届いたら、10分間凍結 します。その後2分間休み、再び10分間ほど凍結させます。

6センチ以内のがんが対象になります。凍結が不十分なら、別の部位から新たに針を刺し同じ操作をしま す。一度に5本まで刺せます。

凍結後はがんの増殖が止まる

食べ物を冷凍庫に人れても、解凍すると元の軟らかい状態に戻ります。生きた細胞である卵子や精子、さ い帯血も、凍結後に解凍すれば活動を再開します。がん細胞も、溶けたら、元通り増殖を始めるのではない かという疑問があります。

しかし急速かつ超低温がポイントで、これでがん細胞は死に、元に戻りません、、死んだ細胞は時間がた つと体に吸収され、消えます。保存液を使って凍結・解凍する卵子などの場合とは違います。

ほとんどの場合は1泊の入院で済みます。

臨床試験で、治療後にがんが消えたかなどを調べ、医療用具として承認申請します。生存率も今後、検証 する必要があります。子宮筋腫(しきゅうきんしゅ)も治療の対象です。北海道大病院でも同様の臨床試験 が行われました。効果が証明されれば、患者にとって朗報となります。

慶応大病院での凍結療法

少し違う方法で、慶応大病院は2002年1月から凍結療法の臨床試験を始めました。一般・消化器外科 で、対象は3センチ以内の肝がんです。

がんをマイナス140度まで急速冷凍する点は同じです。違うのは、小さく切開した腹部から内視鏡と超 音波診断装置を挿入し、両方の画像を見て治療することです。冷凍後、急速にプラス10度まで温度を上げ 、これを2回繰り返します。

肝がんには、がんを電磁波で焼き殺すラジオ波などの治療法がすでにあります。講師の若林剛さんは「ラ ジオ波では、静脈を傷つけたり、画像が乱れたりする場合があります。この方法はその欠点がなく、微妙な 場所の治療に向きそうです」と期待しています。

慈恵医大柏病院と北海道大病院では、すでに臨床試験が終わり、現在は凍結療法は行っていません。一方 、慶応大では、肝がん、肺がん、腎がんに対して凍結療法を行っており、肝がんについては120件を超え ています。現在、前立腺がんについても準備中です。

関連医療機関

東京慈恵医大柏病院

北海道大病院

慶応大病院

子宮頸がんのHPVワクチン

子宮頸がん

子宮の頚部にできるもので、子宮がん全体の約65%を占めるほど発生率の高いがんです。

初期は無症状のこともありますが、不正性器出血、おりものがみられます。進行すると出血が持続的にな り、おりものも膿性になり悪臭を伴います。さらに進行すると、骨盤の神経が置かされて腰痛が起こったり 、膀胱や直腸に広がって排尿困難が生じるようになります。

子宮頸がんの診断は、まず細胞診を行ないます。面貌(めんぼう)などで子宮頚部の細胞を擦り取って、 がん細胞の有無を調べます。異常があれば、コルポスコープ(膣拡大鏡)で観察し、頚部の一部を採取して 組織を調べます。この段階で、どの程度進行しているかなどがわかります。

出産を希望する人、妊娠中で早期がんの人には、子宮頸部だけを円錐状に切り取って子宮を保存する方法 (円錐切除術)が用いられます。

子宮頸がんの原因

子宮頸がんの原因がヒト・パピローマウイルス(HPV)であることは、ドイツのハラルト・ツアハウゼン 博士(2008年ノーベル生理学・医学賞)が1983年に発見しています。

HPVには100種類以上の型があります。発がん性があるのは15種類で、子宮頸部の粘膜組織の奥に ある基底細胞に感染すると、「いぼ」ができます。

ほとんどの場合は自然に治癒しますが、まれに、HPVの遺伝子が基底細胞のDNAに組み込まれます。 そうなると、細胞分裂が異常になり、がん化してしまいます。

感染からがん発症までに10-30年かかると推定されています。国内では毎年約1万5000人が発症 し、約3500人が亡くなっています。

世界では年に約24万人が、このがんのため死亡していて、近年は20-30代の患者さんが増えていま す。

子宮頸がんワクチンによる予防手段があるため「予防できる唯一のがん」と言われ、有効性は10-20 年継続するといわれています。

自治医大さいたま医療センター産婦人科の今野良教授によりますと、「12歳の女児全員が接種すれば、 子宮頸がんにかかる人を73・1%減らせ、死亡者も73・2%減ると推計されます」と話しています。

子宮頸がんのHPVワクチン

HPVワクチンは、多くのワクチンとは働き方が異なります。

インフルエンザワクチンなど通常のワクチンは、無毒化したウイルスの一部などを体内に注射し、抗体を 作って、免疫システムの中に「記憶」を残します。本物のウイルスが来たとき、感染自体は防げませんが、 素早い免疫反応で、重症化を防ぐことができます。

一方、HPVワクチンは、ウイルスの「殻」を注射して、血中に大量の抗体を作ります。抗体は子宮頸部 の粘膜組織からしみ出て、外からやってきたウイルスの感染を防ぎます。どのくらいの期間、抗体の量が維 持され、効果が続くかは分かっていませんが、政府は、今年度中に接種費用の助成を始める予定です。

HPVの「殻は」、L1、L2という2種類のたんぱく質でできています。現在流通しているHPVワク チンは、患者数の多い16型と18型のL1を利用していますが、L1はウイルスの種類によって異なるた め、ほかの型の感染は防げません。

万能型HPVワクチンの開発

理化学研究所の神田忠仁チームリーダーらは、L2に、がんを起こす15種類のHPVに共通する部分が あることに注目して、L2の共通部分とL1を合体させた「次世代型ワクチン」を開発しました。すべての 種類に効果がある万能型ワクチンになると期待されています。

武田薬品工業は先月、このワクチンの製造準備を始めました。神田さんは「次世代型ワクチンが完成すれ ば、検診の頻度も減らせます。2013年には臨床試験を始めたい」と話しています。

関係医療機関

自治医大さいたま医療センター産婦人科

抗がん剤の副作用「吐き気・嘔吐」を抑える薬

抗がん剤の副作用

抗がん剤治療を受ける時、心配の一つに副作用の問題があります。中でも多くの人が悩ませられるのが、 吐き気や嘔吐(おうと)です。食事の内容や取り方の工夫に加え、薬で吐き気を抑える方法もあります。効 き目の長い、吐き気止めの薬も登場しました。

食事の内容や取り方の工夫

吐き気や嘔吐は、多くの抗がん剤に伴う副作用です。食事の際には、食前に冷たい水でうがいをして口中 をすっきりさせ、湯気で吐き気を催しやすい温かいこ飯ではなく、おにぎりにするなどの工夫が効果的なこ とがあります。

神奈川県立がんセンター看護師の佐久間ゆみさんは「吐き気が強い時は無理に食べず、脱水状態にならな いようこまめに水分補給をしてください。ただしずっと食べないと消化管の活動が鈍り、栄養状態が低下し ます。体力や気力もなえるので、食べられるものを少量ずつ食べるようにしましょう」とアドバイスしてい ます。

食事前後の注意

  1. 食前に冷たい水や番茶、レモン水でうがいをして、口中をスッキリさせる。
  2. 少量ずつ、よく噛んで食べる。
  3. 時には外食してみるなど、楽しい雰囲気を心がける。
  4. 食後はおなかを締め付ける服装は避け、安静に過ごす。

吐き気がある時の食品の選び方

  1. 胃に負担をかけない食品を選びましょう。ご飯やパン、めん類などの炭水化物が胃に負担をかけませ ん。食物繊維の多いゴボウやサツマイモなどの根野菜、揚げ物は避けましょう。
  2. カレーなど香りの強いスパイスやハーブを使った、臭いの強い料理は避けましょう。
  3. パンやおにぎり、クラッカーなどの冷たい物を食べましょう。湯気の立った炊き立てご飯やお粥など は避け、冷ましてから食べましょう。
  4. シリアルやチーズ、卵、おまちなど、食べやすく栄養のあるものを選びましょう。

「吐き気・嘔吐」を抑える薬

嘔吐や吐き気は治療当日に出るものだけでなく、2-7日目に遅れて出る場合(遅発性)もあります。しか し従来の吐き気止め薬は効果が短かったため、遅れて出る吐き気への対処が難しかったです。しかし効き目 の長い新しいタイプの薬が昨年から相次いで登場し、吐き気をより抑えることができるようになりました。

まず2010年3月から、新薬の「アプレピタント(商品名イメンドカプセル2009年12月発売)」が 登場しました。アプレピタントは、遅発性の吐き気を催す神経の信号を伝える物質「サブスタンスP」が、 受容体と結びつくのを妨げ、脳の延髄にある嘔叶中枢に伝わるのを防ぎます。

また2010年4月には、新薬「パロノセトロン(同アロキシ)」も登場しました。神経の信号を伝える物 質の「セロトニン」が、抗がん剤の刺激で小腸の細胞などから出て受容体と結ぴつくのを防ぎます。セロト ニンの結合を妨げる同タイプの従来薬に比べ作用が長く、遅れて出る吐き気にも効果があります。

制吐薬の適正使用ガイドライン

日本癌治療学会は2010年5月に、初の制吐薬の適正使用ガイドラインを定めました。吐き気のリスク が90%以上の抗がん剤(シスプラチンなど)の場合、アプレピタントとセロトニンの働きを抑える薬、吐き 気を抑える作用のあるステロイド剤の併用を勧めています。制吐薬には便秘や頭痛などの副作用を伴うこと があります。

山形大腫瘍(しゆよう)内科教授の吉岡孝志さんは「いったん吐き気を経験しますと、その記憶がよみが えって抗がん剤を投与する前から吐いてしまう心因性の症状が出る人もいます。それを防ぐためにも、吐き 気や嘔吐を予防することが大切」と話します。

放射性ヨウ素による小児甲状腺がんの治療および予防

甲状腺がんの特長

甲状腺は、首の喉仏(のどぼとけ)のすぐ下にあり、蝶が羽を広げたような形で気管にくっついて います。昆布などに含まれるヨウ素を取り込んで、甲状腺ホルモンやカルシトニンなどのホルモンを作りま す。呼吸や飲食物から放射性ヨウ素が入ると、10~30%の放射性ヨウ素が甲状腺にたまり、残りは尿か ら排出されます。

原発事故と小児甲状腺がん

1986年のチェルノブイリ原発事故では、牛乳などが放射性ヨウ素に汚染され、事故の5年後か ら甲状腺がんになる子どもが増えました。国連のまとめでは、事故当時18歳未満だった6848人が19 91年~2005年の15年間に甲状腺がんを発症しました。このほかのがんは、今のところ、周辺住民で の明らかな増加は認められていないとしています。

長崎大医歯薬学総合研究科長の山下俊一さんによりますと、周辺地域での子どもの甲状腺がんの年間発症 率は、もともと100万人に1人程度でしたが、事故後、地域によっては一時期1万人に1人くらいまで増 加しました。しかし甲状腺がんは、治癒率が高く、2005年までに甲状腺がんで亡くなった人は15人だ ったといいます。

チェルノブイリ原発事故の影響は、専門家の間でも意見が分かれています。しかし様々な角度から調査、 研究に当たった京都大原子炉実験所助教の今中哲二さんも「実際の死者数は、もう少し多い可能性はありま すが、小児甲状腺がんの発症についてはこの程度です」と話しています。

大人の甲状腺がんは明らかな増加が認められず、はっきりした影響はわかっていません。しかし当時子ど もだった人の間では、成人になった今も甲状腺がんの発症が続いています。

被曝量と甲状腺がんの発症率

周辺住民の被曝量の推定が難しいため、どの程度の量でがんが起きるのかもはっきりしていません 。山下さんによりますと、甲状腺がんを発症した子どもの放射性ヨウ素の甲状腺被曝量は推定50~100 ミリシーベルトくらいから2000ミリシーベルトの間で、被曝が多いほどがんになる率は高かいです。

福島第一原発事故後、国は水や食品の放射性ヨウ素の基準値を設け、出荷や摂取制限をしています。野菜 (根菜、芋類を除く)は1キログラムあたり2000ベクレル、乳児については水や牛乳が1キログラムあ たり100ベクレル。

原子力安全委員会の指標に基づいて計算しますと、100ベクレルの水を乳児が1リットル飲むと0.3 7ミリシーベルト、2000ベクレルの野菜を幼児(5歳)が200グラム食べると0.84ミリシーベル ト、甲状腺に被曝します。50ミリシーベルトに比べても極めて低いです。「数回誤って食べた程度では大 丈夫」とされたのはこのためです。

甲状腺がんの治療法

がん研有明病院(東京都江東区)頭頸科副部長の杉谷巌さんによりますと、放射線の影響で起きや すいのは甲状腺がんの中の「乳頭がん」というタイプで、甲状腺がんの約90%を占めています。乳頭がん の80~90%は生命にかかわることがない低危険度のもので、手術で99%以上治ります。

乳頭がんの初期では、首ののどぼとけの下あたりや他の部分にかたくて痛みのないしこりがあらわれます 。乳頭がんは、しこり以外の自覚症状はあまりありません。

乳頭がんの進行スピードは、とてもゆっくりと進行します。転移することも少ないのですが、肺などに転 移した場合は、手術で甲状腺を全部摘出した後に、放射性ヨウ素を服用します。放射性ヨウ素は転移した甲 状腺がん細胞だけに取り込まれ、ここから出る放射線が今度はがん細胞を攻撃し、死滅させます。これを「 小線源治療(しょうせんげんちりょう)」といいます。

杉谷さんは「甲状腺乳頭がんの大部分は治りやすいがんですが、がんの大きさや広がり方で治療が違いま すので、事前の見極めが重要になります」と話しています。

甲状腺がんの予防

安定ヨウ素剤(ヨウ化カリウム)を予防的に内服して甲状腺内を安定ヨウ素剤で満たし、以後のヨ ウ素の取り込みを阻害します。

安定ヨウ素剤は、摂取ガイドラインに沿って摂取することで24時間甲状腺を保護し、後から取り込まれ た「過剰な」ヨウ素は速やかに尿中に排出します。

また、放射性ヨウ素の吸入後であっても、8時間以内であれば約40%、24時間以内であれば7%程度 の取り込み阻害効果が認められると言われています。この薬は副作用は少ないと言われていますが、ヨウ素 への過敏症や、甲状腺機能異常が副作用としてあります。

このため妊娠中の方、または授乳中の女性と乳児は安定ヨウ素剤(ヨウ化カリウム)を繰り返し摂取する ことを避け、公的機関もしくは医療機関の指示に従って摂取してください。

また安定ヨウ素剤(ヨウ化カリウム) をガイドラインで定められた量を超えて摂取すると、健康を害す る可能性があります。用法・容量を正しく守り、自己判断で多量を服用する等の行為は絶対に避けてくださ い

関係医療機関

がん研有明病院(東京都江東区)

被爆による急性放射線障害の治療

急性放射線障害

放射線は、細胞を傷つけ、死滅させます。ある程度までの被曝であれば、すぐに身体の症状は出ませんが、一度に大量の被曝をすると、たくさんの細胞が死滅し、数週間以内に症状が出ます。これが急性放射線障害です。ただし、福島第一原発の敷地外にいる住民の方は、このような大量被曝の可能性はほぼありません。

体全身ではなく限られた部位の被曝なら、症状も一部にとどまります。全身に浴びれば、様々な症状が起こりますが、影響を受けやすく、命に関わるのは、主に細胞分裂がさかんな皮膚や、血液、小腸など消化管の細胞です。

まず、0.5シーベルトから血液細胞に影響が出始めますが、一時的な症状にとどまります。吐き気などの自覚症状が出始めるのは、1シーベルト程度からです。

血液の治療

自治医大さいたま医療センター血液科教授の神田善伸さんによりますと、2~3シーベルト程度からは、白血球などの血液細胞になる造血幹細胞の働きが悪くなるため、本格的な治療が必要になります。血液中の白血球を増やす「顆粒球コロニー刺激因子」(G―CSF)という注射薬で免疫力を高め、感染症を防ぎます。

さらに高い被曝量ですと他人の骨髄や血液から造血幹細胞をとり、点滴で移植する治療が必要になります。

皮膚の治療

皮膚の症状は数シーベルト以上で出始め、被曝線量が高いほど深刻になっていきます。新しい皮膚を作る働きが失われるため、最初は赤みや痛みが起こります。徐々に、水ほうや潰瘍が現れます。経過をみて、深刻なら、皮膚を移植します。自分の皮膚を使うのが望ましいですが、全身被曝で健康な皮膚が少ないなら、救急医らで作る「スキンバンク」で凍結保存している皮膚も使います。

1999年の東海村臨界事故では、大量に被曝した作業員2人に、皮膚移植が行われました。うち1人の担当医だった国士舘大教授の田中秀治さんは、「被曝で免疫が落ちていたこともあり、拒絶反応がなく、皮膚移植は成功しました」と話しています。

2人は造血幹細胞移植で血液の働きも改善しましたが、消化管からの出血などは有効な手だてがなく、亡くなりました。

内部被曝の治療

放射線を出す放射性物質が大量に体内に入った場合は、内部被曝が問題になります。ヨウ素は甲状腺、ストロンチウムは骨、プルトニウムは骨と肝臓に集まりやすくなり、セシウムは全身に蓄積します。利尿剤や下剤、放射性物質に応じた特殊な薬で尿や便からの排出を促します。

安定ヨウ素剤(ヨウ化カリウム)を予防的に内服して甲状腺内を安定ヨウ素剤で満たし、以後のヨウ素の取り込みを阻害します。

安定ヨウ素剤は、摂取ガイドラインに沿って摂取することで24時間甲状腺を保護し、後から取り込まれた「過剰な」ヨウ素は速やかに尿中に排出します。

また、放射性ヨウ素の吸入後であっても、8時間以内であれば約40%、24時間以内であれば7%程度の取り込み阻害効果が認められると言われています。この薬は副作用は少ないと言われていますが、ヨウ素への過敏症や、甲状腺機能異常が副作用としてあります。

プルトニウムアメリシウムなどの除去剤「ジトリペンタートカル」と「アエントリペンタート」があります。

有効成分は、ジトリペンタートカルがペンテト酸カルシウム三ナトリウム、アエントリペンタートがペンテト酸亜鉛三ナトリウムです。

この薬剤は、超ウラン元素(プルトニウム、アメリシウム、キュリウム)による体内汚染の軽減させます。

この薬のメカニズムは、原発事故などで体内に吸収した超ウラン元素のプルトニウムなどを、カルシウムや亜鉛と置換し、尿中に排泄するキレート作用によるものです。

現在(2011年6月)厚生労働省薬事・食品衛生審議会薬事分科会からの、承認をまっています。

セシウム除去剤は「ラディオガルダーゼ」です。

薬の一般名は、ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸鉄(Ⅲ)水和物です。つまり、鉄の周りに、6個のシアンが結合し、そこに更に水分子と鉄が結合しています。

この物質は一種の吸着剤で、薬そのもの自体は殆ど体内に吸収されず、腸管のセシウムを吸着して、それを便から排泄します。

体内に入った放射性セシウムは、その多くが腸管から静脈、肝臓を循環しているので、それを腸管で捕捉し、体外に排泄するのが、この薬のメカニズムです。

主な副作用は低カリウム血症です。これはこの薬はカリウムよりセシウムを、より吸着し易い構造になっている訳ですが、生体はそもそもカリウムとセシウムを、あまり区別はしていないので、当然カリウムも体外に排泄され、低カリウム血症の原因となります。

このため個人でかってに服用せず、入院して医師の監視下のもと、適宜カリウム値を測定して、低カリウム血症を防いでください

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